座右の書として活用したい英文法書のご紹介

【江川泰一郎『英文法解説』、金子書房(初版は1953年に発行され、1964年に改訂され、1991年にさらに改訂された)】

本書は、英文法についての一通りの知識を有する者がさらに広く且つ深く学ぶための、英文法の優れた解説書として定評のあるものです。多くの英語研究者や翻訳者が、本書を推奨しています。たとえば、行方昭夫氏(東京大学名誉教授、翻訳者)は、本書について、「およそ文法に関するいかなる疑問にも明快な答を与えてくれるすぐれた一冊である。私自身翻訳などに際して、およそ文法に関しては、この一冊で不足だったことは一度もない」(『英文快読術』、岩波書店)と絶賛しています。また、安西徹雄氏(上智大学名誉教授、翻訳者)も、本書について「翻訳などを始めようという時になって・・・(中略)・・・読み返すには、江川さんのこの本は、非常にいい本だと思う」と高く評価しています(『英文翻訳術』、筑摩書房)。

本書においては、日本の英語学習者にはあまり知られていないと思われる事項については、懇切な説明がなされています。以下、3つの例(名詞構文、能動態と受動態との使い分け、単数と複数との使い分け)を紹介します。

(1)名詞構文

名詞構文とは、「動詞または形容詞が名詞化されて文に組み込まれた構文」のことです。名詞構文の例として、動詞 recover の名詞形 recovery を含む "We are hoping for your quick recovery." や、形容詞 absent の名詞形 absence を含む "Ben was disappointed at Jane's absence from the party." を挙げることができます。本書は、名詞化された語の意味上の主語・目的語に重点を置いて、名詞構文について詳しく説明しています。さらに、名詞構文を読みやすい日本語に翻訳する工夫についても説明があり、たとえば、"The omission of your name from the list was an oversight." という英文の場合は、「リストからのあなたの名前の省略は見落としでした」という直訳にはしないで、「リストからあなたの名前を抜かしたのは見落としでした」というふうに、名詞(omission)を元の動詞(omit)に還元して訳すことを勧めています。このような説明は、翻訳者にとって参考になります。

(2)能動態と受動態との使い分け

基本的には能動態でも受動態でも同じ意味を表すことができますが、文脈に応じて使い分けるべきであることを、本書では、「英文は、旧情報(既出の情報)から新情報(まだ出ていない情報)へという順序で書くのが自然である」という観点から説明しています。たとえば、"Tom broke this window."(能動態)と "This window was broken by Tom."(受動態)とについて言えば、"Do you know what Tom did this morning?" という文に続けるには、既出の情報である Tom を先に出して(まだ出ていない情報である this window を後にして)"Tom broke this window."(能動態)とするのが自然であり、"Just look at this window." という文に続けるには、既出の情報である this window を先に出して(まだ出ていない情報である Tom を後にして)"This window was broken by Tom."(受動態)とするのが自然である、と本書では説明されています。このような説明は、英文を書く者にとって有益です。

(3)単数と複数との使い分け

日本語では単数と複数とを区別しないで表現することが多いので、英文を書くときには、名詞を単数形にすべきか複数形にすべきかで迷うことがあります。たとえば「我々は、鼻で臭いを嗅ぐ」という意味の英文を書くとき、"We smell with our nose."(単数 nose を用いる)とすべきか、それとも "We smell with our noses."(複数形 noses を用いる)とすべきかで戸惑うことがあります。このような疑問にも、本書は答えてくれます。上記の例の場合は、(どちらも使われるが)一般的傾向としては複数形が使われる、と本書は説明しています。


英文法の解説書というと、文法事項を説明して例文を挙げて終わり、という無味乾燥のものが多いのですが、本書は決してそういうものではありません。本書は、例文を挙げて一般的な文法事項の説明をするに留まらず、「解説」という項目を随所に設けて、英米文法家の学説を紹介したり著者独自の考察を加えたりすることにより、読者を英文法の面白さに引き込んでくれます。この点においても、本書は優れています。

なお、本書は、上記のように、英文法についての一通りの知識を有する者のためのものですので、英文法の初歩的な事項についての説明はほとんどありません。たとえば、単数名詞を複数形にする際には -s または -es を付けるというような規則は、本書には説明されていません。したがって、英文法の初歩の復習のために本書を用いることは、適切ではありません。

本書を座右の書として活用したいものです。


(2021-09-21)


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