寛容

欧州(9): 早期審査・審査促進(特許審査ハイウェイ(PPH)等)

欧州出願について、早期審査を受けるための手続きとして、PACE (Program for accelerated prosecution of European patent applications)があります。また、欧州特許庁と相互の特許審査ハイウェイ(Patent Prosecution Highway, PPH)利用について合意している国における出願が欧州出願よりも先に許可になった場合には、その情報に基づいてPPHを利用することにより早期審査を受けることが出来ます。

以下、PACEとPPHの要件について簡潔に説明し、最後に両手続きを比較します。

PACE (Program for accelerated prosecution of European patent applications)

EPOのPACEプログラムでは、EPC出願に対するサーチ(先行技術調査)と審査手続のいずれか又は両方を促進することができます。

PACEは、EPO手数料は不要で、単に申請するだけで利用できます(要するに、早期審査を希望する理由の説明などは不要です)。

また、申請する時期についても特に制限は無く、例えば既にEPOから1回以上の審査通知を受けた後でも申請する事ができます。

PACEプログラムの利用を認めるか否かはEPOの自由裁量で決定され、EPO審査部の作業負荷上の問題がなければ、PACEプログラム利用が認められます。

弊所で、これまでにPACEプログラムの利用申請をした件で、申請が却下されたことは無く、また実際に申請後速やかに審査通知が発行されました。利用者が増加すれば、料金を含めた運用が変更される可能性がありますが、現時点では利用者は全出願の1割に満たないという状況であり、そのため無料且つほぼ無条件で利用が認められるという状態でも充分な審査促進効果が達成されているということのようです。尚、利用者が少ない理由については、手続きや効果に問題があるということではなく、欧州特許に関しては、むしろ出願人が早い審査を望まないケースの方が多いからであると言われています。

サーチ(調査)段階におけるPACE

優先権主張していないEP出願の場合、PACEの申請を行わずとも、通常、原則的に出願日から約6ヶ月以内にサーチレポートが発行されます。

優先権主張したEP出願の場合には、PACEの申請により、EPOは可及的速やかにサーチレポートを発行することになっています。

審査段階におけるPACE

審査請求が適正になされていれば、基本的にいつでもPACEによる早期審査を請求することができます。

EPOは、PACE申請受理後、3ヶ月以内に最初の審査報告書を発行するよう努めます。但し、審査通知に対して応答期間の延長を行わずに応答することが要求され、もし延長してしまうと、通常審査に戻されてしまいます。

特許審査ハイウェイ(PPH)

2010年1月29日から開始されていた日本国特許庁(JPO)-欧州特許庁(EPO)間の特許審査ハイウェイ(PPH)試行プログラムは2012年1月28日に一旦終了しましたが、要件を改定した上で、PPH施行プログラムが継続されます。この施行期間は、2012年1月29日から2014年1月28日までの2年間です。

また、以下の説明は、JPO-EPO間のPPH施行プログラムに関してですが、日本出願に基づく優先権を主張して(場合によってはPCT経由で)、米国と欧州の両方に出願した場合、米国の方が先に特許になるということが多いと思います。そのような場合、米国特許庁(USPTO)-EPO間のPPH施行プログラムを利用することも出来ます。

但し、日本や米国でクレームを補正して許可になった場合には、欧州では補正の許容条件が厳しいことに留意が必要です。PPHを利用する場合でも、他国で認められた補正が、無条件で欧州でも認められるわけではありません。あくまで、補正が欧州の規則に違反していないことが必要です。

特に米国での審査結果を利用する米国特許庁(USPTO)-EPO間のPPH施行プログラムの場合、比較的補正に寛容な米国で許容された補正が、欧州では認められないということも十分に考えられます。例えば、数値範囲は、米国であれば基本的に明細書の記載されている数値(実施例における特定の数値を含む)を適宜選択してクレームにおける数値範囲の上限と下限とすることが認められますが、欧州では明確に記載されている数値範囲のみにしか補正することが出来ません。また、米国では図面を根拠とした補正にも比較的寛容ですが、欧州では、図面にしか根拠が無い補正は認められない傾向があります。

1. PPHの概要

PPHとは、他国の審査結果又はPCTの調査成果に基づいて審査促進(早期審査)をするものです。これに関して、PPHを利用すると、日本で特許査定になったら、その結果をもって直ちに米国でも特許が取得出来るとお考えの方が多いようですが、そうではありません。あくまで日本の審査結果を利用して審査促進するというものです。結果的に、特許成立する確率は高いですが、例えば欧州特許庁(EPO)は、他国の審査結果に従うことを要求されたり推奨されたりするものではありません。

2. 日本国特許庁の国内出願の審査結果を利用した特許審査ハイウェイ(PPH)の適用をうけるための条件

PPHの適用をうけるための条件を簡単に纏めますと以下の通りです。

1) 日本出願と欧州出願の対応関係について:

 PPHの適用が可能な日本出願と欧州出願の対応関係は大きく分けて以下の3通りになります。

 - 欧州出願と日本出願のどちらかが他方の優先権出願である(欧州出願又は日本出願がPCT経由の出願である場合を含む)。

 - 欧州、日本以外の第三国における出願が、欧州出願と日本出願の共通の優先権出願である(欧州出願又は欧州出願と日本出願の両方がPCT経由の出願である場合を含む)。

 - 欧州出願と日本出願とが、共通のPCT出願から派生したものである(ここでPCT出願は、優先権主張していないものも含む)。

また、PCT経由の欧州出願で、国際調査機関(JPO又はEPO)又は国際予備審査機関(JPO又はEPO)が、PCT出願の請求項の特許性に関して肯定的な見解を示した場合には、それに基づいてPPH(PCT-PPH試行プログラム)を申請することも可能です(PCT-PPH:三極特許庁間におけるPCT成果物に基づく特許審査ハイウェイ試行プログラム)。こちらも、当初、2012年1月28日で終了の予定でしたが、要件を修正し、PCT-PPHの期限を2014年1月28日まで延長されることになりました。より具体的には、PCT出願における少なくとも一つの請求項が新規性、進歩性、そして産業上の利用可能性を有することを示す、国際調査機関(JPO又はEPO)又は国際予備審査機関(JPO又はEPO)の見解書若しくは国際予備審査機関(JPO又はEPO)の国際予備審査報告に基づいてPPHを申請することが可能です。詳細につきましては、日本特許庁のホームページに提供されている以下の資料をご参考下さい:

http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pph_pct/pdf/pct/pct_epo_apply_japanese.pdf

2) JPOによる特許性判断:

日本出願の少なくとも一つの請求項が、JPOによって特許可能と判断されていなければなりません。

3) 日本出願の請求項と欧州出願の請求項の対応関係:

PPHに基づく審査を申請する欧州出願のすべての請求項が、対応する日本出願の特許可能と判断された一又は複数の請求項と十分に対応しているか、十分に対応するように補正されていることが必要です。尚、欧州該出願の請求項の範囲が日本出願の請求項の範囲より狭い場合も、請求項は「十分に対応」するとみなされます。

4) PPH申請可能な時期:

PPHに基づく審査を申請する欧州出願は、EPOによる審査が開始されていない必要があります。

3. PPH申請時に提出する書類

PPHの申請書と共にJPOによる審査に関する以下の書類を提出する必要があります。

1) 日本で許可になったクレームと欧州出願のクレームの対応関係に関する宣誓書(Declaration)、

2) 日本特許庁が発行した全ての審査通知の写とその翻訳文(欧州特許庁公用語である英語、フランス語又はドイツ語のいずれか)、

3) 許可になった請求項及びその翻訳文、及び

4) 日本特許庁に引用された非特許文献全ての写

PPHの申請が認められると、上記のPACEプログラムに従って処理されます。

PACEとPPHとの比較

日本や米国で既に特許成立している場合に、PACEとPPHのどちらを選択すべきかは、一概には言えず、状況に応じて判断されることとなります。

手間と費用

PACEもPPHも、EPO手数料は不要です。しかし、PACEは単に簡単な申請書類を提出するだけであるのに対して、PPHは、他国の審査結果に関する種々の資料等の提出が必要になるため、代理人手数料が高くなります。どの程度高くなるかは、資料のボリューム次第です。

従って、手間と費用の観点からは、PACEの方が有利であると言えます。

早期権利化

PPHも結局、申請が認められればPACEプログラムに従って処理されるため、最初の審査通知が出るまでの期間は、PPHでもPACEでも大きな差はないと思われます。

PPHの利用は、日本や米国で、出願人の所望の権利範囲で特許許可されたということが前提になると思いますが、PPHは、他国の審査結果に関する資料が提供されるため、審査手続きの迅速化の効果は期待できます。

特に、かなり近い技術を開示した先行技術文献があり、日本や米国において、その先行技術との違いを明確にする為に補正を行い、更に効果の違いを明確にする為に実験データを補完して許可を得たというような場合には、PPHによる早期権利化が達成される可能性は高いと考えられます。

但し、上記したように欧州は補正の制限が厳しいため、日本や米国において補正クレームで許可されたような場合に、その補正が欧州で許容されるようなものでないならばPACEを選択する方が賢明ということになります。

また、例えばEPOのサーチレポートで、カテゴリーXの文献(単独で新規性の障害となる文献)が引かれているのに、日本では、そのような文献が考慮されずに特許許可されたような場合には、EPOの審査官は、日本の審査結果はあまり参考にしないでしょうから、余計な費用をかけてPPHを利用するよりも、PACEを利用するほうが賢明であると言えるでしょう。

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米国(1)

Q. 米国における"utility patent"とはどのようなものか?

A. 米国特許には、実用特許(utility patent)、意匠特許(design patent)、植物特許(plant patent)の3種類があり、実用特許(utility patent)は、日本などにおける通常の特許に対応します。米国における"utility patent"を、日本における「実用新案」に対応するものと誤解されることが多いようですが、実用新案を表す英語は"utility model"です。

Q. 米国における「仮出願」とはどのようなものか?

A. 文字通り、優先権を確保するという目的のためだけの「仮の出願」(provisional application)です。通常の出願と異なり、要求事項が非常に少ないのが特徴です。主な特徴は以下の通りです。

- 出願言語は問われず日本語など英語以外の言語でも出願可。

- 通常の出願に要求されるような明細書の体裁は不要(クレームも不要、手書き図面もOK)1)

- 仮出願に対して審査が行われることは無く、出願日から12カ月以内に仮出願に基づく優先権主張をして通常の特許出願(non-provisional application)をしないと、その仮出願は自動的に放棄される。

- 通常の特許出願に移行した場合に限り、仮出願の出願日が、米国特許法第102条(a)項(2)号(旧法の102条(e)に対応)における「先願」としての基準日、即ち、後願排除の有効日となる2)

- 日本や欧州など殆どの国において、米国の仮出願に基づくパリ条約優先権主張が認められる3)

- 出願料は250ドル(約2万円)。

2011年の法改正(Leahy-Smith America Invents Act,AIA)によって米国は先発明主義から先願主義に移行しますが、それに伴って仮出願制度の重要性が増すであろうと言われております。

注:

1) 但し、仮出願の明細書に、発明が理解でき且つ実施可能な程度に記載されていなければなりません。即ち、記載要件と実施可能要件(明細書の記載に関する特許法112条第一パラグラフ)を満たす書類を提出する必要があります。といっても、上記のように、仮出願には通常の出願に要求されるような明細書の体裁は不要ですので、何らかの形で発明が十分に開示されていれば、仮出願に基づく優先権は通常認められます。例えば、仮出願において、説明を書き加えた図面を提出し、それを優先権の根拠とすることもできます。

また、英語以外の言語で仮出願した場合には、仮出願もしくは本出願において、仮出願の翻訳文を提出しなければ、仮出願の出願日への遡及を享受することができません。

2) 要するに、適正に本出願に移行した場合、仮出願は、その出願日以降に出願された第三者の出願に対して、102条の新規性及び/又は103条の自明性に関する先行技術となり得ます(Giacomini判決を参照;また、上記判決で言及されるAlexander Milburn Co. v Davis-Bournonville Co.を参照)。

なお、米国特許法第102条(a)項(2)号における「先願」としての基準日、即ち、後願排除の有効日については、こちらで詳しく述べましたように、2011年の改正法(AIA)により、旧法の102条(e)における所謂「ヒルマードクトリン(Hilmer Doctrine)」が廃止されました。これにより、米国以外の第一国出願の出願日も後願排除目的に有効な出願日(effective filing date)として認められることになりましたので、パリ条約に基づく優先日が後願排除の有効日とみなされることになり、また、PCT出願は(その出願言語に関わらず)、優先権主張していれば優先日、優先権主張していなければ国際出願日が、後願排除の有効日とみなされることになります。

3) 米国の仮出願に基づくパリ優先権を主張して、米国外に出願することも可能です。しかし、その様な場合、米国外の出願が、米国の仮出願にサポートされているか否か(優先権主張の有効性が認められるか否か)の判断は、その国の法律・規則に基づいて判断されます。この点、特に欧州は、欧州出願の発明が、基礎出願明細書から直接的且つ一義的に導き出せるものである場合にのみ優先権主張の有効性が認められますので、米国では優先権の有効性が認められるようなケースでも、欧州では認められないということが起こりえます。例えば、米国においては、上記の通り、図面に基づくサポートにも寛容であり、多くの場合認められますが、欧州においては、図面のみをサポートとして主張しても、認められない傾向があります。

Q. 出願明細書には必ず実施例を記載する必要があるのか

A. 当業者が過度の実験なしに発明を実施できるように記載されていれば、明細書に実施例を記載する必要は有りません[In re Borkowski, 422 F.2d 904, 908, 164 USPQ 642, 645 (CCPA 1970)]。

Q. 日本における特許出願の場合は、請求項が発明の詳細な説明によりサポートされていなければならないと規定されている(特許法第36条6項1号)が、米国の場合も同様の規定があるか

A. 米国の審査基準(MPEP)にも、日本特許法第36条6項1号の規定に相当する規定が有ります。即ち、MPEP § 608.01(g)及び608.01(o)には以下の規定が有ります。

608.01(g)   Detailed Description of Invention

A detailed description of the invention and drawings follows the general statement of invention and brief description of the drawings. ・・・・・ Every feature specified in the claims must be illustrated, but there should be no superfluous illustrations. 

608.01(o)   Basis for Claim Terminology in Description

The meaning of every term used in any of the claims should be apparent from the descriptive portion of the specification with clear disclosure as to its import; and in mechanical cases, it should be identified in the descriptive portion of the specification by reference to the drawing, designating the part or parts therein to which the term applies. ・・・・・The specification should be objected to if it does not provide proper antecedent basis for the claims by using form paragraph7.44.

上記608.01(g)においては、クレームに記載された全ての特徴について、明細書本文に説明がなければならないと規定されています。但し、当業者には自明の周知事項まで明細書に説明する必要はありません。

上記608.01(o)には、クレームについて明細書本文にも適切な開示が無い場合には、拒絶される旨規定されています。

従って、米国においても日本と同様に、クレームが明細書本文の記載にサポートされていることが要求されると考えます。

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パラメータ発明、パラメータ特許について(Part 2 国毎の記載要件など)

[II] 「パラメータ発明」について主要国での取り扱いの相違

(II-1)パラメータ発明を許容しているか否か:

日本、米国、欧州、中国、韓国などを含む主要な国で、所謂「特殊パラメータ」で発明を規定することが禁止されている国は有りません。

欧州や中国では、審査基準に、発明をパラメータで特徴付けることは、発明を他の方法で十分に規定することが出来ない場合に限り許されるべきという趣旨の規定が有ります(EPO審査便覧、F部、第IV章、4.11)(中国専利審査指南、第二部分、第二章、3.2.2項)。しかし、通常、特殊パラメータの場合、これを使用せずに他の方法で十分に規定することが出来たということを明確にすることは難しいため、上記の規定が問題になることは少ないと思います。

(II-2)「パラメータ発明」の記載要件(実施可能要件、サポート要件、明確性要件):

発明の分野に関わらず、実施可能要件、サポート要件及び明確性などの記載要件については、各国ほぼ同様の基本的要求が有ります。

- 実施可能要件を満足するためには、クレームされたものを、公知物質から出発して過度の試行錯誤なしに製造する方法を明確に記載することが要求されます。

- サポート要件を満足するためには、クレームに記載した発明は、明細書によってサポートされ、裏付けられていることが要求されます。

- 明確性要件を満たすためには、特許請求の範囲の記載は明確でなくてはなりません。

パラメータ発明の場合に特に注意すべきこととしては、以下の様な点が挙げられます。

注意点(i) 

パラメータの達成手段の記載: 実施可能要件を満足するために、一般的な製造方法のみならず、如何にしてクレームしたパラメータを達成出来るかについて具体的な手段を記載することが必要です。

このことは実施可能要件の観点からのみならず、新規性の立証においても重要になる場合が少なくありません。即ち、特殊パラメータは当然、従来知られていなかったものですので、一見して先行技術においてそれが満たされているか分かりません。先行技術においてパラメータが満たされていなかったことを立証する際に、この特殊パラメータを満足するための方法について、先行技術が、全く開示していない、若しくは異なった製造方法を採用しているということを根拠にすることが多いからです。

パラメータ発明の製造方法が、先行技術に記載された方法と区別できないようなものであると、新規性が欠如しているか、実施可能要件が満たされていないかのいずれかの筈と見なされてしまいますので、この点はパラメータ発明に関する明細書において極めて重要です。

注意点(ii)

日本における記載要件に関する審査基準の厳しさ: パラメータ発明の記載要件について、日本は格段に厳しい判断基準を設けており、且つ出願後に実験データを提出すること(所謂「実施例の後出し」)によって記載要件(サポート要件や実施可能要件)の不備を解消することが認められていません。

日本の記載要件の厳しさについては、日米欧三極特許庁の「記載要件に関する事例研究」という資料に顕著に示されています。

(ii-a) サポート要件:
この資料の事例1においては、日本におけるサポート要件の厳しさが浮き彫りになっています。この事例1は、実際に日本において知財高裁大合議で争われた案件(「偏光フィルム事件」、平成 17年 (行ケ) 10042号 特許取消決定取消請求事件)をモデルにしておりますので、日本特許庁の理解と比較して欧米特許庁の理解が十分で無かった可能性は否めませんが、それでも大いに参考になると思います。(参考までに、「偏光フィルム事件」で取り消された日本特許に対応する米国及び欧州の出願はありませんでした。)

問題となった特許発明は、偏光フィルムの製造法であって、以下の2つのパラメータを満たすことが特徴となっておりました。

原料フィルムの完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)が、
Y > ‐0.0667X + 6.73   ・・・(I)
X ≧ 65          ・・・(II)

そして、この特許には、実施例が2つと比較例が2つ記載されています。

実際には、日本においては、出願後に補正がなされたり、実験データが提出されたりしたのですが、そのようなことは無かったものと仮定して、三極の見解が出されました(この資料の事例1、条件1)。

ここで米国特許庁と欧州特許庁が、記載要件を満たすとの見解を出したのに対し、日本特許庁は十分な記載がないとの見解を示しました。具体的には、日本特許庁は、このような発明において、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには、以下のことが必要であると述べております:

- 発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、

- 特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要する。

その上で、日本特許庁は、本件においては、具体例として二つの実施例及び二つの比較例が記載されているに過ぎず、また、本願発明が、具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はないと述べております。

更に、上記したように、日本においては、出願後に実験データを提出して瑕疵を治癒することは許容されません(資料の事例1、条件2)。

(ii-b) 明確性要件:
また「記載要件に関する事例研究」の事例2、条件1においては、日本における明確性要件の厳しさが顕著に示されています。

この事例2、条件1においては、微粒子の平均粒径が発明の特徴として記載されておりますが、この「平均粒径」の具体的な種類(個数平均径、長さ平均径、体積平均径など)及び測定方法が特定されていません。この事例の明確性要件に関する日米欧特許庁の見解は概ね以下の通りです。

日本: 発明の範囲が不明確。平均粒径の定義、測定方法等が複数あり、当業者間において、どれを使用するのが通常であるとの共通の認識はないというのが当該分野の技術常識。

欧州: 明確性は問題なし。測定方法等の記載が不十分で、権利範囲が定まらない場合、偶発的に先行技術に含まれてしまう恐れがある。しかし、これは開示の十分性の問題では無い。

米国: 技術常識などにもよるので一概には言えないが恐らく記載要件を満たしている。測定方法等が複数あったとしても、結果が非常に類似する場合、特定の測定方法を選択することは重要ではなく、一方で、結果が非常に異なる場合、当該特定の測定方法は容易に明らかだと言える。

(II-3)日本以外の国で、記載要件の拒絶理由を解消するために、実験データを出願後に提出することが許容されるか否か:


記載要件の拒絶理由を解消するために、実験データを出願後に提出することは、日本では上記したように許されませんが、米国、欧州、中国、韓国における運用は以下の通りです。

米国: 可能です。米国は、パラメータ特許に限らず、また記載要件のみならず、非自明性立証目的で明細書に根拠の無い効果に関する実験証明の提出なども認められており、出願後の実験証明書の提出に関しては寛容です。その様な実験証明書を提出する場合、37 C.F.R. § 1.132に基づく宣誓書(affidavit)又は宣言書(declaration)の形式で提出することが望ましいと考えられています。

欧州: 明細書の開示不十分を補う目的での実験証明書の提出は認められていません。

しかし、上記の通り、EPOはパラメータ発明に関して、日本のように特別な記載要件を要求していません。

欧州では、明細書中に当業者が実施可能なように発明が記載されていれば、原則的に具体例は少なくとも1つ開示されていればよいことになっております(EPC施行規則、第III部、第II章、規則42)。もしクレームされた範囲が広い場合には、クレームの範囲全般をカバーする複数の具体例を提示することが要求されます(審査便覧C-II,4.9)。

上記の「偏光フィルム」の例に関しては、EPOはクレームされた範囲に鑑みて実施例が2つもあれば十分という判断を示しています。

しかし、明細書の開示不十分を補う目的では提出できませんので、例えば、出願当時の明細書に全く具体的な開示がないのに、実験証明書で補うことは許されません。

一方、クレームした範囲と比較して明細書に具体例が少な過ぎるなどと指摘を受けた際に、具体例が少なくても明細書の記載から当業者が容易に実施可能ということを実験証明書をもって立証することは禁止されていません。勿論、拒絶理由を解消できるかは証拠の説得力次第になります。

中国: EPOとほぼ同様と考えて良いと思います。化学分野などの予測が困難な技術分野において、明細書の開示が十分か否かを判断する際に、出願日以降に補足提出された実施例や実験データなどは考慮されません(中国専利審査指南、第二部分、第十章、3.4項(2))。

韓国: 審査基準には明確な記載は無いように思われますが、こちらのAIPPIの資料から判断する限り、EPOとほぼ同様と考えて良いと思います。尚、韓国もパラメータ発明の記載要件に関して、日本同様の審査基準を導入するという話が以前ありましたが、現状が定かではありません。少なくとも現行の審査基準の「パラメータ発明の進歩性の判断」の項目において、パラメータの技術的意味の検討の必要性やパラメータと効果の明確化の必要性など、日本で記載要件に含まれているような事項が挙げられており、進歩性が否定された場合に実験成績証明書の提出による反論が可能とされております(韓国特許要件審査基準、第3章、6.4.3)。

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