堪能

特許出願明細書の中国語翻訳に関する問題点

日本における我々のお客様も中国への特許出願についての関心が高く、中国特許出願に関して相談を受けることがありますが、殆どの方が特許出願明細書の中国語への翻訳に対する不安を口にされます。

現地語への翻訳が必要なのは、特に中国に限った話ではありませんが、中国が殊更問題視されるのは、上で述べたような理由で中国における知財の重要性が増したことに加えて、日本語から直接、中国語に翻訳させるケースが多いからであると考えます。中国以外の非英語圏の国(タイ、インドネシアなどの東南アジア諸国やアラブ諸国など)に出願する際には、殆どの場合、明細書の英訳文をベースに現地語に翻訳させると思いますが、中国への出願に際しては日本語明細書を直接中国語に翻訳させる企業が多いようです。

しかし、これが深刻な誤訳問題を生じさせている大きな原因の1つであると考えます。中国語明細書の品質向上を考えるならば、日本語明細書からの翻訳は避け、(必要に応じて日本語明細書は参考資料として利用しつつ)英文明細書から翻訳させることが賢明であると信じます。理由は3つあります。

1. 日本語が国際的にはマイナーな言語であることによる、有能な翻訳者と翻訳をチェックできる弁理士の絶対数の少なさ

2. 日本語特有の曖昧さ

3. 日本人であるが故に看過されてしまう日本語明細書中の不明確な表現

日本語明細書から中国語に翻訳させる理由は、恐らく日本語と中国語は似ているため日本語が出来る中国人が多いという錯覚を持った人が多いからだと思います。しかし、実際には、日本語と中国語で同じ又は類似の漢字であっても意味が異なる単語が多数存在し、その上、中国語の文法は日本語とは全く異なり、むしろ英語に近く、更には平仮名と片仮名も覚えなければならないため中国人にとって日本語は非常に習得難易度が高い言語です。

また、英語は国際言語であるのに対し、日本語はやはり国際的にはマイナーな言語に過ぎません。特に中国では英語教育の厳しさは日本以上であり、大学教育においても、専攻する科目に関わりなく英語は必須科目です。幼少時から英語教育を始め、大学卒業までには英語で自由に意見を述べることが出来るようになる生徒も珍しくありません。これに比べて中国で日本語を学ぶ人は圧倒的に少数です。近年の日中翻訳者の需要増加によって、日中翻訳者は日本語のスキルがそれ程高くなくてもビジネスとしては成り立つのでしょうが、押し並べて翻訳の質は「推して知るべし」です。従って、日本語明細書から直接中国語に翻訳させる場合、有能な翻訳者の人数が少ないのみならず、日本語からの翻訳をチェック出来る日本語に堪能な中国人弁理士も多くないため、どうしても誤訳が発生し且つそれが看過されてしまう確率が高くなってしまいます。(充分な日本語能力を有する中国人弁理士・翻訳者が極めて少ないことは弊所も経験上実感しています。クライアントの希望により、大手中国代理人事務所との連絡を日本語ベースで行うことを試みたが、結局、意思疎通がうまくいかずに断念したといったことなどもありました。)

更には、一般的に日本語は曖昧な言語と言われており、日本語の特許出願明細書にも曖昧な日本語表現が含まれてい ることが多く、このことが更に正確な翻訳を難しくしています。他方、英語は論理的な言語と言われており、英語に翻訳する過程で、日本語表現の曖昧さを解消 する必要が生じますので、時には発明者本人にまで確認するなどして、明確で論理的な明細書になるはずです。

また、我々が実際に和文明細書を英訳している際に、和文明細書を読んだ時には特に違和感を感じなかった日本語表現でも、いざ英訳する段になると正確 な意味が分からず、出願人に確認する必要が生じるということがあります。即ち、日本人であるが故に、不明確な日本語表現でも、翻訳などの必要に迫られて深 く検討するまで、その不明確さに気付かないということが起こり得ます。我々は、出願人と緊密な関係にありますので少しでも疑問を抱いた点は必ず出願人に直接確認しますが、おそらく厳しいノルマもあるであろう日-中翻訳者は正確な意味が分からなくても確認せずに自分の判断で翻訳してしまう可能性があります。

弊所でも過去に何度か日本語の明細書から、直接、中国語に翻訳させたことがあります。しかし、審査通知において、明らかに誤訳に基づく不備の指摘を受けるのみならず、発明の内容が全く誤解された上での拒絶を受けたりすることが多く、その様な誤解も殆どの場合は翻訳の質の低さに起因するものでありました。従いまして、ここ数年は日本語の明細書から中国語に翻訳させることは行っていません。

以上のことから、正確な中国語翻訳を得るためには、優れた英文明細書を元に翻訳させることが最善と考えます。

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PCT(1): 国際出願の概要

ある発明について外国出願する場合に、最初からその国の特許庁に特許出願することも可能ですが、多くの国では、その国の言語の明細書を準備する必要があるため、どうしても出願が遅れてしまいます(但し、米国における「仮出願」のように、差し当ってその国の言語以外の言語の明細書で出願できる制度を有する国もあります)。当然、出願国が多い場合には、更に大変です。

パリ条約に基づく優先権(日本の出願日から1年以内に外国出願)

そこで、通常は、日本国内の特許出願を基礎出願として、その出願日から12ヶ月(1年)以内にパリ条約に基づく優先権を主張して外国出願をします。これによって、外国出願も、日本の基礎出願の出願日(優先日)に出願したのと同等の効力が得られます。

この際、この優先日から12ヶ月以内に、所望の国の特許庁に直接出願することも出来ますが、PCT国際出願をすることにより、更に明細書翻訳文の提出など実際に外国出願手続きする期限を、優先日から30ヶ月(国によっては31ヶ月)にまで延期することができます。 

PCT国際出願

国際出願とは特許協力条約(Patent Cooperation Treaty, PCT)に基づいて行なわれる出願で、所定の形式の出願願書、明細書、請求の範囲、要約(及び図面)をPCT加盟国である自国の特許庁に所定の言語(日本国特許庁の場合は、日本語若しくは英語)で作成して、提出すれば、すべてのPCT加盟国に対して「国内出願」を出願したことと同じ扱いとなります。

国内段階移行(各国への実際の出願)

「国内出願」を出願したことと同じ扱いになるといっても、権利化を希望する国で実際に特許を取得するためには、国際出願後にその国の特許庁に対して、PCT願書及び明細書の翻訳文提出等の国内段階への移行手続きを30ヶ月(2年6ヶ月)乃至31ヶ月以内に行う必要があります

要するに、PCT国際出願をするということは、後にPCT加盟国に外国出願(国内段階移行)する権利を獲得するということを意味します。

また、別項で説明する通り、PCT国際出願については、国際調査機関による先行技術調査が行われ、特許性に関する見解が出されますが、それは実際に移行した国において拘束力をもつものではなく、最終的に発明が特許要件を満たしているか否かはあくまで各国の国内法に従って判断されます。

実際にPCT出願に基づいて、PCT加盟国に出願する期限は、パリ条約に基づく優先権を主張している場合は、その優先日から30ヶ月(欧州、韓国、インド、オーストラリア、ユーラシア、インドネシア、ベトナムなどは31ヶ月)であり、優先権主張していない場合は、PCT出願の日(国際出願日)から30ヶ月乃至31ヶ月が移行期限ということになります。

翻訳文の提出

通常、PCT出願願書と明細書について、各国で定められた言語の翻訳文を提出することが要求されます。

日本、米国、欧州、中国、ユーラシア、インドネシアのように、30ヶ月乃至31ヶ月の移行期限の延期若しくは移行手続き後の翻訳文提出が許される国もあります(要するに、そのような国では、移行手続きが30ヶ月乃至31ヶ月の移行期限ギリギリになってしまった場合でも、移行期限後に翻訳文を提出できます)。

一方、タイ、ベトナムのように、移行期限の延期が不可で且つ移行期限内に英語以外の現地語の翻訳文を提出することが必要な国もあり、そのような国に移行する場合には、通常まず英訳文を作成し、それを現地語に翻訳させるため、十分な時間的余裕をもって手続きを進めることが重要です。韓国も31ヶ月の移行期限内に韓国語訳文の提出が必要ですが、韓国には日本語が堪能な弁理士や特許技術者が比較的多いため、日本語のPCT明細書から直接、韓国語翻訳文を作成させることが可能な場合もあります。参考までに、韓国では、日本語が第2外国語として広く普及し、約3人に1人が日本語の学習経験を有しています。商標の分野においても、日本語の平仮名は、中国を含む殆どの外国において図形とみなされます(識別できないため)が、韓国においては、平仮名は韓国需要者にとって容易に称呼できるため識別可能とされています(特許法院2012.1.18.言い渡し2011ダ5878判決)。

また、PCT加盟国ではありませんが、台湾も日本語堪能な弁理士が比較的多いようです。

韓国以外の非英語圏の国についても、日本語から直接、その国の言語に翻訳することは不可能では有りませんが、通常、国際言語である英語の翻訳と比較して、英語以外の言語の翻訳については優秀な人材の安定した確保が極めて難しいためお勧めできません。

また、仮に出願明細書翻訳の時点では優秀な人材を確保できたとしても、その後の手続きにおいて、現地の代理人と明細書に参照して種々の相談をする際などに問題が生じ得ます。例えば、ユーラシアへの出願の際に、優秀な日本語-ロシア語の翻訳者が見つかったため、日本語の明細書から直接ロシア語に翻訳させて作成した翻訳文を提出したとします。その後、ユーラシア特許庁から拒絶理由通知を受けて、現地代理人に補正や明細書に参照した反論の指示をしたいという時に、日本国内の出願人又は代理人と現地の代理人が共通して参照できる明細書が無く、出願人からの指示をも一々翻訳しなければならないという事態になってしまう恐れがあります。

明細書の英訳文を現地語に翻訳させれば、出願後の手続きにおいても英訳文に参照して現地代理人との相談ができます。このような理由もあり、非英語圏であっても、英文明細書を現地語に翻訳させるのが一般的です。

PCTを利用した出願手続きの流れ

PCT国際出願の手続きの流れをごく簡単に図に示すと以下のようになります。

 

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