唯一

米国(3): 現在の米国における特許政策(並びに自明性審査とその対策)

プロパテント政策の変化

米国においては、プロパテント政策(発明技術の独占的実施権を可能にする特許による権利保護を重視する政策)が、1980年代後半にレーガン大統領により導入され今世紀初頭まで維持されてきましたが、世界的な不況が深刻化するにつれ、大きな変化が見られます。

不況に加えて、プロパテント政策による弊害とも言える所謂「パテント・トロール(patent troll)」による特許権の濫用も大きな問題となっています。「パテント・トロール」とは、大学や研究機関以外のnonpracticing entity(特許発明を実施しない者)であって、第三者の特許権を譲り受け、その特許権を主張して大企業に巨額の損害賠償を要求するような組織のことです。このパテント・トロールの暗躍は、質の低い特許を乱発したことによる弊害であると言われております。

一般的には、近年の不況に伴い、プロパテントからアンチパテント(特許権より独占禁止法の遵守に重きを置く政策)へシフトしたと言われることが多いようですが、一概に、完全にアンチパテントへ傾いたと断言することは難しいようです。 近年の出来事を見ると、審査基準の厳格化や権利行使の範囲を制限する変化が目立ちますが、一方で、特許の活用を促進する方向の変化も見られます。要は、この不況を乗り切るために重要なツールの一つとして特許を有効に活用出来るように制度を整えているということであると思います。

近年の判例や2011年9月の法改正(Leahy-Smith America Invents Act)から読み取れる米国の知的財産権に関する姿勢は以下の通りです:

進歩性基準を厳格化し特許の質を向上

 - KSR Int'l Co. v. Teleflex, Inc., 550 U.S. 398 (2007) (これにより非自明性の審査が厳しくなった。)

付与後特許に対する異議申立ての機会を拡張

 - 付与後異議申立制度(Post-grant review)の導入(2011年のAmerica Invents Act)

過剰な権利行使を抑制

 - Abbott Labs v. Sandoz, 566 F.3d 1282 (Fed. Cir. 2009) (所謂"product-by-process"形式のクレームの権利範囲を、クレームで規定したprocessで得られる物に制限した。)

 - 複数の被告に対する訴訟の併合(joinder of parties)についての制限(2011年のAmerica Invents Act)(以前は、1つの特許訴訟において複数の被告を訴えることが可能であり、パテントトロールが複数の企業に対して同時に特許権侵害訴訟を提起し損害賠償金請求することが問題視されていた。この対策として、「同一の特許を侵害している」ことのみをもって複数の被告を1つの訴訟事件で訴えたり、1つの訴訟事件に併合したりすることができないこととされた(§299)。)

 - In re Seagate Technology, LLC, 497 F. 3d 1360 (Fed. Cir. 2007) (特許侵害訴訟において、3倍賠償の対象となる故意侵害の有無の立証責任を、侵害者から特許権者側に移した)

 - 故意侵害及び侵害教唆対策としての鑑定書の入手・提出の不要化(2011年のAmerica Invents Act)(上記Seagate事件における判示の一部を成文法化。鑑定書を入手しなかったことや裁判所に提示しなかったことを、故意侵害(willful infringement)の認定や、侵害教唆(inducement of infringement)の意思の認定に使用できないと規定された(§298)。2012年9月16日以降に発行された特許に対して適用。)

特許出願人又は特許権者の過失に対する罰則適用条件を緩和

 - ベストモード要件違反を特許無効の理由から除外(2011年のAmerica Invents Act)

 - Therasense, Inc. v. Becton, Dickinson & Co. (Fed. Cir. 2011) (en banc))(不公正行為(Inequitable Conduct)の立証を困難にした)

 - 補助的審査(Supplemental Examination)制度の導入(2011年のAmerica Invents Act)(情報開示義務(IDS)違反の救済措置)

特許出願に関する門戸は狭めない

 - Bilski最高裁判決[Bilski v. Kappos, 130 S. Ct. 3218, 561 US, 177 L. Ed. 2d 792 (2010)] (CAFCの大法廷(en banc)が「machine-or-transformation testが、ビジネス方法に関する発明が特許保護の対象になるか否かについての唯一の判定手段」と判示したのを最高裁が覆した。)

KRS判決による非自明性判定基準の変化:

以前は審査が厳しいと言われている化学分野の特許出願で、かなり厳しい審査結果を予想していたにも関わらず、あっさりと特許になって拍子抜けしたようなケースも多々ありました。しかし、最近は我々も実感として、KSR判決を境に自明性(複数の先行技術文献の組み合わせに対する容易性)の審査が非常に厳しくなったと思います。正直な所、KSR判決以前は、「減縮補正を行わないと103条(自明性)で拒絶されるだろうな」と思う様な件が、拒絶を受けずにそのまま特許にということも結構ありました(しかも、審査結果が出るのが早かった)。現在は、特許庁における審査は、より時間をかけてかなり厳密に行われているという印象です。KSR判決において最高裁は以前よりも厳格な非自明性の基準が提示しましたが、判断基準が厳格になった以上に、米国特許庁審査官の自明性審査に対する姿勢が厳しくなったと感じます。

実際に、統計的にみても、米国ではKSR判決以後では拒絶査定を受け審判請求を行う件数が増え(KSR判決前の2006年では3349件→KSR判決後の2008年では6385件)且つ審判請求を行って拒絶が撤回される確率が率低下しています(KSR判決前の2006年では41%→KSR判決後の2008年では28%)。

尚、参考までに、KSR判決後約2年間において、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所)が、化学・生化学系の発明を非自明(進歩性有り)と判断したケースが約62%であったのに対して、非化学・生化学系の発明を非自明と判断したケースは約33%であったとの統計データもあるそうです(http://www.jurisdiction.com/dsmith.pdf)。このことは、KSR判決によって、化学・生化学の分野のように効果を予見することが難しい分野では非自明と判断されやすく、一方、機械などの構造物などの効果を予見しやすい分野の発明は自明と判断されやすくなったということを示していると解釈することできます。

最近、米国特許成立の確率が回復(向上)傾向にあるという情報も散見されますが、実際、数字上はそうであっても、これが淘汰(即ち、元々特許性が明らかでない出願は繰り返し拒絶を受けたために放棄されてしまった)や出願人が出願する発明を精査していることによるという可能性もあると思います。弊所の印象としては、現在でも、KSR判決直後と比較すると非自明性の判断も大分緩和されたようにも思いますが、KRS判決以前と比較すると未だ厳しいように思います。実際に弊所で扱っている案件でも、非自明性の拒絶に対してほぼ完璧な対応ができたような場合(先行技術の組み合わせに対する阻害要因の存在を明らかにし、更に実験証明で予想外の優れた効果を明らかにしたような場合)であっても、その後、審査官の理解不足による拒絶を受け、更に何度かインタビューを行って説明したり、細かい補正をすることによって漸く許可になったということもありました。要するに審査官の側に、非自明性の審査は厳格に行うべきという意識があると思います。

自明性の拒絶に対する対応

自明性の拒絶を受けた場合の典型的な対応は以下の通りです:

(a) 審査対象出願の発明や先行技術の開示内容に関する審査官の誤認を明らかにする。
(b) 先行技術の組み合わせに対する阻害要因(teach away)の存在を明らかにする。
(c) 予想外の優れた効果を明らかにする。
(d) 先行技術に教示・示唆されていない特徴をクレームに追加して、更にその特徴による予想外の優れた効果を明らかにする。

その他にも商業的な成功(所謂“secondary consideration”(二次的考慮事項)の例)などが考慮されることもありますが、これらはあくまで二次的に考慮される事項であって、一般的には上記の(a)~(d)で十分な対応が難しい場合に補足的に主張すべき事項です。やはり先ず上記(a)~(d)の観点からの反論を検討すべきでしょう。上記のKSR判決以前は、自明性の拒絶に対して「引用された2つの先行技術文献が異なる技術分野に属するものであるから組み合わせは不当」という反論で拒絶が撤回されることが屡々ありました。しかし、KRS判決以降は、異なる技術分野に属する先行技術文献であっても組み合わせることが当業者の常識の範囲内で容易であれば自明であるということになりました。従いまして、原則的には上記のような対応を考えるべきです。

上記(a)の審査官の誤解についてですが、特に米国の審査官は、技術内容の誤解に基づいて拒絶してくることが多いという印象があります。審査官の指摘を鵜呑みにせずに、自らの出願のクレームの記載や先行技術文献の開示内容を詳細に検討することが重要です。

また、その様な場合においても、ただ審査官の誤解を責めることを考えるのではなく、何故そのような誤解が生じたのかを謙虚に検討してみることが望ましい結果につながることが多いです。具体的には、審査官の誤解の理由を検討し、許容範囲内で、誤解の原因を排除し、発明をより明確に定義できる補正が可能であるならば、そのような補正を行うことが望ましいです。仮に審査官の誤解が明らかであっても、何らかの補正を行った方が、権利化がスムーズになります。

上記(b)の「阻害要因」については、一瞥してそのような阻害要因が見あたらないような場合でも、注意深く、執念深く、引用された先行技術文献を徹底検討すると、「阻害要因」として若しくは「阻害要因」とまではいえずとも先行技術の組み合わせを断ち切るために利用できる記載が見つかることも良くあります。一見自明性の拒絶が妥当に思えても、直ぐにあきらめないことが大切です。米国に限らず外国出願の多くは、現地代理人への依存度が高いと思います。しかし、現地代理人は、自分で明細書を作成したのではないということもあり、明細書や引用された先行技術文献を必要以上に詳細に検討することは通常有りません。現地代理人が半ばギブアップの状態でも、弊所で明細書や先行技術文献を徹底的に検討して有効な反論材料を見出したようなことも少なくありません。

上記(c)の「予想外の優れた効果」に関しては、米国の特許プラクティスの1つの大きな特徴として、出願明細書に記載されていない効果について、出願後に主張することが可能です。(日本や欧州においては、出願時の明細書に教示も示唆もされていなかったような効果に基づいて進歩性を主張することは原則的に許されません。)

また、米国において「予想外の優れた効果」の立証に有効なツールとして、37 C.F.R. 1.132に基づく宣誓書(affidavit)又は宣言書(declaration)(以下、纏めて「宣誓供述書」)があります。この宣誓供述書形式で提出された証言やデータについては、審査官は、公知文献や専門家の見解書と同等の証拠として真摯に検討することが義務付けられています。この宣誓供述書は、最後に文字通り「署名者は、故意の虚偽陳述及びそれに類するものは、18 U.S.C.. 1001 に基づき罰金若しくは拘禁、又はその併科により処罰されること・・・について警告を受けており、本人自身の知識によって行う全ての陳述が真実であること・・・を宣言する」と宣誓して署名するものです。

37 C.F.R. § 1.132の宣誓供述書の詳細については、以下をご参考下さい:
MPEP §716.01(a)MPEP§716.01(c)

また、宣誓供述書については、こちら にもより具体的な説明と、弊所で作成した宣誓供述書のサンプルを幾つか掲載しておりますので、参考までにご覧下さい。

他の国では一般的に審査段階では宣誓供述書の形式での提出は要求されません。しかし欧州の場合、審査の段階では実験証明書を宣誓供述書の形式にする必要はありませんが、異議申立手続きや審判手続きにおいては宣誓供述書の形式にすることが要求されます。

尚、自明性(進歩性欠如)の拒絶に対する対応の仕方については、こちら でも解説しておりますので、ご覧下さい。

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欧州(1)

Q. EP出願で指定した国に、別途直接ナショナル出願をすることは許されるのか?

A. 許されます。例えば、EP出願でドイツを指定して、さらに別途ドイツ特許庁に直接出願をすることが出来ます。最終的にはどちらかを選択する必要がありますが、重要な案件の場合に、保険の意味でEP出願とナショナル出願を両方提出しておくということが可能です。

Q. 審査通知などに対する回答期限には猶予期間(グレースピリオド(Grace Period))があると聞いたが本当か?

A. 10日間の猶予期間が有ります(Rule 126(2) EPC)。基本的に、EPOからの通知により応答期限が生じる場合全てに当てはまります。ここではEPOの通知の配送に10日間かかったものとみなし、EPO通知の日付から10日後を応答期限の起算日と見なします。

即ち、応答期間の満了日+10日ではないことに注意が必要です。

例えば、応答期間が4ヶ月のEPO通知で、5月30日が発行日である場合、4ヶ月の期限の満了日は9月30日ですが、10日間の猶予期間を加味した満了日は、この9月30日 +10日の10月10日ではなく、6月9日(EPO通知発行日 +10日) + 4ヶ月の10月9日です。

尚、口頭審理(Oral Proceedings)の召喚状に記載されているRule 116 EPCの期限(口頭審理前の書類提出期限)に関しては猶予期間は有りませんのでこの点にも注意が必要です。

Q. 欧州特許にも、新規性喪失の例外の規定(グレースピリオド(Grace Period))はあるのか?

A. 欧州特許にも、新規性喪失の例外の規定自体はあるのですが、適用の条件が非常に厳しく、発明が公知になってしまっても特許出願できるのは以下のような場合に限られます。

①出願人またはその法律上の前権利者(legal predecessor, 即ち出願人に権利を譲渡した人)に対する明らかな不正行為によって公知になった場合。(例えば、貴社が、顧客に対して貴社と守秘義務を負わせた上で、貴社の発明を開示したにも関わらず、貴社の発明を公開してしまったような場合。)

②公のまたは公に認められた国際博覧会における出願人またはその法律上の前権利者によって発明が開示された場合。
(http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/epo/pc/chap3.htm)

上記②についてですが、ここでの「公に認められた国際博覧会」とは所謂「万博」であり、何年かに一度しか開催されないようなものです(例えば、2010年は上海万博のみ)(EPO Official Journal April 2010のp.280:
http://archive.epo.org/epo/pubs/oj010/04_10/04_2620.pdf)。

従いまして、欧州において新規性喪失の例外の適用を受けられるのは極めて限られた場合のみになりますので、欧州での出願が重要であれば、事前の発表は控えるのが賢明です。

Q. EPOに対する異議申立てを、異議申立人が自発的に取下げた場合、その時点で異議終結となるのか?

A. 異議申立を取り下げてもEPOが自らの判断で審理を継続する場合もあります。つまり、EPOは職権により主体的に審査を行なうということで、このことはArticle 114 EPC(http://www.epo.org/law-practice/legal-texts/html/epc/2010/e/ar114.html)により規定され、Rule 84(2) EPC(http://www.epo.org/law-practice/legal-texts/html/epc/2010/e/r84.html)において確認されています。因みに、日本における特許無効審判の場合、無効確定前であれば、無効審判は終結します。

EPOにおける異議申立の場合、ケース毎に以下のような扱いになります。

(a) 唯一の異議申立人が異議を取下げた場合:

異議終結とするかは異議部の判断による。
原則的には、既に提出された証拠が特許性に影響を与えることが明らかな場合にのみ手続きを継続する。
異議終結させる場合にはEPOは通知を出す。

(b) 異議却下(特許維持)の異議決定を受けて、唯一の異議申立人が審判請求並びに理由補充書を提出し、これに対する特許権者の回答書を受けた後に異議を取下げた場合:

控訴が取下げられたものとして、異議決定が確定して異議終了。

(c) 特許取り消しの異議決定を受けて、特許権者が審判請求並びに審判理由補充書を提出した後に、異議申立人が異議取下げた場合:

請求人は特許権者であるから異議取り下げは、審判手続きに影響を与えない。審判部は、審理を継続し、異議決定の妥当性を検証する義務がある。

尚、上記(a)及び(c)において、審理が継続された場合、異議を取下げた異議申立人の当事者としての地位が維持されることがあるが、そのような場合おいて、異議申立人は積極的に参加することを要求されない。

Q. 欧州においても米国のように実験証明書などを宣誓供述書の形式で提出することは有効か?

A. 欧州では、審査の段階では、追加の実験データ等を宣誓供述書の形で提出する必要はないと言われております。しかし、極めて重要なデータなどは宣誓供述書の形で提出すれば、審査官の心証に影響する可能性は有ると考えられます。 一方で、異議申立て手続きや審判手続きにおいては、実験データなどは宣誓供述書の形で提出する必要があります。

Q. EPOで進歩性判断のテストとして採用されているProblem-Solution Approachとはどのようなものか?

A. Problem-Solution Approach(課題-解決手段アプローチ)は、欧州特許庁(EPO)が採用している進歩性判断のテストであり、EPOの審査ガイドラインにおいて解説されています。 具体的には、以下のようの手順で進歩性を評価します。

(i)  determining the "closest prior art",

(ii)  establishing the "objective technical problem" to be solved, and

(iii)  considering whether or not the claimed invention, starting from the closest prior art and the objective technical problem, would have been obvious to the skilled person.

これに補足を加えて訳すと以下のようになります。

(i)クレームされた発明と最も近い技術を開示する"最近似先行技術"を特定する。

(ii)最近似先行技術を念頭に置き、クレームされた発明が解決する技術的課題を決定する。
[補足: ここで実質的に要求されているのは、クレームされた発明と先行技術の技術的相違点(先行技術には記載されていない当該発明の特徴)を特定し、その技術的相違点に起因する先行技術に対する該発明のアドバンテージを特定することです。このアドバンテージを上記の「技術的課題」と考えれば良いと思います。]

(iii)クレームされた発明が提供する当該技術的課題の解決手段について、当業者が、最近似先行技術から出発して、該解決手段に到達することが自明であったかどうかを判断する。

[補足: 最近似先行技術を検討し、当該技術的課題に直面した当業者が、他の公知技術などを考慮した上で、クレームされた発明が提供する解決手段に到達する見込みについて判断し、この見込みが"could"(「したかもしれない」や「した可能性がある」)では「自明であった」とは言えず、"would"(「したであろう」)であった場合に「自明であった」と判断されます。この"would"は、米国MPEPにおける"with reasonable expectation of success"(「合理的成功の見込みをもって」)とほぼ同意と考えて良いと思います。]

国毎に独自の進歩性判断のテストがありますが、根本的な部分は共通していると考えて良いと思います。 我々も明細書を書くときには、上記の様なアプローチに従って、進歩性を確保できるようなクレームや明細書本文、実施例の構成を考えます。

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出願時に公開されていなかった先願に対する新規性(拡大先願、準公知等)と進歩性(非自明性)

本稿では、出願時に未公開であった先願(Secret Prior Art)に関する主要国(日本、米国、欧州、中国、韓国)における取り扱いを比較します。

先願主義を採用している国においては、特許は早い者勝ちですので、他人が同じ発明を開示した出願を先に提出していれば、それが自分の出願時に公開されていなくても、後から提出された出願は、特許を認められません。

特許法に従うと、「新規性」はあくまで出願時に公知であったかという観点から判断されますので、出願時に公知でなかった先願に対する後願の「新規性」自体は否定されないということになるのですが、特に外国においては、Secret Prior Art(出願時未公開先願)に対するNovelty(新規性)というような表現で議論されることが多いため、本稿においては、便宜上、「出願時未公開先願に対する新規性」というような表現を使用することとします。

一方、殆どの国においては、そのような出願時未公開先願(Secret Prior Art)に対する進歩性までは要求されません。

この進歩性不要の点については、主要国における唯一の例外は米国であり、Secret Prior Artに対しても進歩性(非自明性)が要求されます。米国は、2013年3月16日をもって先願主義に移行しますが、現時点で分かる範囲では、この点に変更は無いようです。

おおまかには以上の通りですが、国によって、先願と後願の発明者・出願人が同一であった場合や新規性(発明の同一性)の判断基準に相違が有りますので、以下に具体的に検証します。

[I] 拡大先願とその例外

(II-1)日本において:

後願と同一の発明が、出願時未公開先願(Secret Prior Art)の請求の範囲・明細書・図面の何れかに記載されていれば新規性を認められません。この様な出願時未公開先願に関する規定は、日本では、一般に「準公知」や「拡大された先願の地位(拡大先願)」(特許法29条の2)と称されます。また、所謂「二重特許」を禁止するため、先願と後願の請求項の比較に基づく新規性の判断が、特許法39条(先後願)に規定されています。

以下の説明においては、特許法29条の2の規定(拡大先願)と特許法39条の規定(先後願)を特に区別することなく、出願時未公開先願がどの様に扱われるかについて述べます。また、実際には、先願が公開されるか否か、また放棄や取下げなどされているかによっても状況が変るのですが、その点まで考慮すると話が複雑になってしまいます。そこで、多くの場合に問題になるのは、他人の公開公報に自己の発明と同一または類似の発明が開示されていることを発見した場合や、自らの先願の発明と類似の発明に関する出願を検討しているような場合であると思いますので、ここでは、先願は公開され且つ有効に維持されているという前提で話をします。

先願と後願の発明の同一性
特許法29条の2や特許法39条によれば、後願の請求項に記載された発明と先願で開示された発明(先願の請求項、明細書、図面などに開示された発明)に相違がある場合であっても、それが課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合は同一とみなされます(実質同一)。

これと対照的なのが、欧州であり、先願発明と後願発明に相違が有った場合、それが効果の違いに結び付かない周知技術の付加に過ぎないようなものであっても、新規性が認められます。この点については、後述致します。

先願と後願の発明者・出願人が同一の場合の例外規定
日本においては、出願時未公開先願と後願の発明者・出願人が同一であったか否かにより、事情が異なってきます。ここで「発明者・出願人が同一」とは、先後の出願の間で、発明者が全員同一(完全同一と称されます)か、出願人が全員同一(完全同一)である場合を指します。

(1)先願と後願の出願人・発明者が異なる場合(第三者による先願に対する新規性):
後願発明が、先願の明細書全体から読み取れなければ、後願の新規性が認められる。

要するに、後願の新規性が認められる為には、後願の請求項に記載された発明が、先願の請求の範囲・明細書・図面の何にも開示されていないことが必要です。

(2)先願と後願の出願人・発明者が同一の場合(自分、自社の先願に対する新規性):
後願のクレームに記載された発明が、先願のクレームに記載された発明と同一で無ければ新規性が認められる。

要するに、先願も自分又は自社によるものである場合には、後願の請求の範囲に記載された発明が、先願の明細書や図面からは読み取れるものであっても、先願の請求の範囲に記載されていなければ新規性が認められることになります。

後願の請求の範囲に記載された発明が、先願の請求の範囲に記載された発明と同一か否かは、発明の構成が同一かどうかにより判断されます。何らかの違いが有ったとしても、実質的な差異とは見なされない場合があります。具体的には、後願の請求項に記載された発明と先願の請求項に記載されていた発明との間に相違があっても、以下のような場合には、先願発明と後願発明は同一と見なされます。

-  後願の発明が、先願の発明に対して、単に周知・慣用技術を不加、削除、転換等をしただけで、新たな効果を奏するものでない場合

-  後願が先願より広い範囲を請求している(先願発明が下位概念であって、後願発明が上位概念である)場合

-  後願発明が、先願発明に対して単なるカテゴリー表現上の差異しかない場合(例えば、先願と後願の一方が物の発明で、もう一方が方法の発明)

(II-2)日本以外の主要国との比較:

米国、欧州、中国及び韓国においても、拡大先願により新規性が否定されます。

一方、拡大先願の地位の適用例外規定(即ち、出願時未公開であった先願に対する後願の新規性を判断する際に、先願の図面を含む明細書全体の開示ではなく、先願のクレームとの比較とする規定)を設けているのは、日本以外では韓国だけです。

米国: -- ターミナルディスクレイマー(terminal disclaimer)の制度有り --

日本における拡大先願の地位の適用例外規定とは異なりますが、米国には、ターミナルディスクレイマー(terminal disclaimer)の提出という手続きがあります。

即ち、米国においては、先願と後願が同一の発明者又は譲受人によるもので、先願と後願のクレームが同じでないにしても特許的に区別できない(not patentably distinct)と判断された場合(後願の発明が先願のクレームには記載されていないが、先願の明細書や図面から読み取ることができるような場合を含む)には、自明型二重特許(obviousness-type double patenting)の拒絶を受け、それに対してターミナルディスクレイマーを提出することによって、先に特許期間が満了するように、後願の特許期間を一部放棄することにより、先願と後願に基づく特許を共存させることが出来ます。

日本おける拡大先願の地位の適用例外規定と米国のターミナルディスクレイマー制度の違いとしては、後願の存続期間の点に加えて、米国におけるターミナルディスクレイマーは、あくまで先願特許と後願特許の発明者または譲受人が同一である限りにおいて有効な制度だということがあります。例えば、ターミナルディスクレイマーによって拒絶を克服して特許を受けた後に、先願特許と後願特許のどちらか一方だけが他人に譲渡された場合には、後願特許は権利行使不能(unenforceable)になってします。これに対して、日本では、特許後に、譲渡などによって先願特許と後願特許の権利者が異なることになったとしても、それにより特許が無効になったり、権利が制限されるというようなことはありません。

また、米国においては、同一の発明者又は譲受人による先願と後願のクレームが同一と判断された場合には、同一発明型(same invention type)二重特許の拒絶を受けます。この場合、Terminal Disclaimerによって拒絶を解消することはできず、クレームの削除や補正によりクレームを明確に差別化することが必要になります。

欧州: -- 拡大先願の例外は無いが、日本より新規性の拒絶を受けにくい --

EPC54条(3)によれば、先願と後願の発明者・出願人が同一であるか否かに関わらず、拡大先願が適用されます。即ち、先願と後願の発明者・出願人が同一であっても、後願の発明が、先願の明細書や図面などに開示されていれば、後願は先願に対して新規性無しと見なされます。このように自分、自社の先願の開示内容により、後願が拒絶されてしまうことを自己衝突(self collision、セルフコリジョン)と称します。

但し、後述しますように、日本特許庁(JPO)の新規性判断基準は、欧州特許庁(EPO)のそれよりも厳しいものとなっておりますので、JPOには新規性を否定されるような状況でも、EPOには新規性を認められるというケースもあり得ます。

具体的には、EPOの新規性判断基準は厳しく、"Photographic Novelty"と称されることがあります。"Photographic Novelty"とは、厳密な意味での新規性が求められることを意味します。より具体的には、欧州では、先願に対する後願の新規性が否定されるのは、後願の発明が、先願において一義的に読み取れるよう開示されている場合であって、僅かな相違であっても、それが先願の明細書から直接且つ明確に推論出来るようなもので無い場合、新規性は認められます。先願と後願の違いが、周知の均等物による置換などであっても、明示的な違いが有れば、それは新規性ではなく、進歩性の問題とされます。

一方、日本の新規性判断基準は、欧州の"Photographic Novelty"に対比して"Enlarged Novelty"(拡大先願に関連しては、上記のように「実質同一」)と称され、先願と後願に違いが有っても、その相違が実質的なものでないと判断されると新規性は否定されます。

要するに日本であれば、先願の公開前に、効果の違いに結び付かないような些細な変更点を先願発明に加えて出願したような場合、このような後願の先願に対する新規性は否定されますが、欧州においては、このような場合でも後願の新規性が認められる可能性があるということになります。

尚、欧州では、先後の出願の間で指定国が異なっていれば、拡大先願の適用がありませんでしたが、EPC2000(2007年12月13日施行)により、このような制限は撤廃されました。

中国: -- 拡大先願の例外は無く、且つ新規性の判断基準も厳しい --

専利法第22条第2項では、発明者や出願人が同一であっても、後願の出願後に公開される先願により拒絶されることが規定されています。即ち、中国も、欧州と同様に、発明者・出願人が場合の例外規定が有りません。

そのため、類似した発明について複数の出願を前後して提出する際には、自社の出願同士がセルフコリジョン(自己衝突)しないように注意する必要があります。なお、中国では、このようなセルフコリジョン(自己衝突)を起こすような特許出願を「抵触出願」と呼び、後願は新規性無しとして拒絶されることになっています。

新規性の判断基準については、中国審査基準(専利審査指南)によれば、日本に近い基準を採用しています。要するに、日本と同様に"Enlarged Novelty"(「実質同一」)により判断され、例えば先願と後願の相違点が慣用手段による置換に過ぎないと認められれば、後願の新規性は認められません(専利審査指南、第二部分、第三章)。

従って、中国では、日本等と同様に新規性の審査が厳しく(先願と後願が実質的に同一であれば、後願は新規性無し)且つ欧州等と同様に同一の発明者・出願人であっても拡大先願適用の例外が無い(後願発明が、先願でクレームされていなくても明細書や図面に記載されていれば、後願は新規性無し)ということになり、主要国では、中国が、拡大先願の適用が最も厳しいということになります。

韓国: -- 日本とほぼ同様 --

日本と同様に拡大先願の規定があり、また発明者・出願人が同一の場合には、日本と同様に拡大先願の適用はありません(韓国特許法29条3項)。要するに、先願と後願の発明者・出願人が同一の場合、先願と後願のクレーム同士を比較して、後願クレームの発明が先願クレームに記載されていなければ新規性が認められ、欧州や中国におけるような自己衝突(セルフコリジョン)にはなりません。

日本、米国、欧州、中国及び韓国における拡大先願地位の適用例外規定について纏めました。

国名 拡大先願地位の適用例外
日本 同一発明者又は同一出願人の場合:
先願の請求項に記載されていなければ新規性有り。
米国 同一発明者又は同一譲受人の場合:
先願の請求項に記載されていなければ、ターミナルディスクレーマーを提出して、後願の存続期間を一部放棄して、先願に合せることによって特許が認められる。
欧州 無し(但し、新規性の判断はPhotographic Novelty。先願に明示的開示が無ければ新規性は認められる。)
中国 無し
韓国 同一発明者又は同一出願人の場合:
先願の請求項に記載されていなければ新規性有り。

[II] 出願時未公開先願(Secret Prior Art)に対する進歩性

殆どの国においては、出願時未公開先願(Secret Prior Art)に対する進歩性までは要求されませんが、米国においては、Secret Prior Artに対しても進歩性(非自明性)が要求されることがあります。

即ち、米国においては、上記したように先願と後願が同一の発明者又は譲受人によるものであった場合には、後願発明が先願発明から自明であっても、ターミナルディスクレイマーの提出によって先願と後願に基づく特許を共存させることが可能ですが、先願と後願が同一の発明者又は譲受人が異なる場合には、後願発明は先願発明から自明でないことが要求されます(米国特許法第103条(c))。

これに対し、日本(特許法第29条第2項)、欧州(EPC第56条)、中国(専利法第22条第3項)及び韓国(特許法第29条第2項)においては、出願時に未公開であった先願(Secret Prior Art)はあくまで新規性の判断に利用されるだけであり、進歩性の判断には利用されません。

国名 出願時に未公開であった先願に対する進歩性(非自明性)
日本 不要
米国 必要(ただし、同一発明者・同一譲渡人の場合はTerminal Disclaimerの提出で対応可)
欧州 不要
中国 不要
韓国 不要

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プロメテウス事件に基づく特許適格性分析指針とクレームのドラフティング

2012年7月3日、米国特許商標庁(USPTO)は、 "2012 Interim Procedure for Subject Matter Eligibility Analysis of Process Claims Involving Laws of Nature"(2012 自然法則を含む方法クレームの特許適格性分析のための暫定的手法)と題された指針メモを公表しました。これは、プロメテウス事件の最高裁判決[Supreme Court decision in Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, Inc., 566 U.S. ___, 132 S.Ct. 1289, 101 USPQ2d 1961 (2012)]を受けて、USPTOの審査官のためのガイドラインとして発行されたものです。

米国特許法第101条に規定される特許可能な対象(patentable subject matter)に関する近年の重大判例として挙げられることが多いプロメテウス事件の最高裁判決ですが、実際には、この判例は、特許適格性の定義に新たな光を当てるものと言うよりは、方法クレームのドラフティングを疎かにすることなかれと訓辞するものであると考えます。

背景説明

日本では、特許法2条1項に、特許の保護対象となる「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と規定されています。

一方、米国特許法第101条は、特許による保護対象として、プロセス(process)、機械(machine)、生産物(manufacture)、組成物(composition of matter)、これらの改良、の何れかに属することを要求していますが、これ以上の制約は明記されていません。1980年のDiamond v. Chakrabarty事件における最高裁判決においては、「太陽の下で人間によってなされたいかなるものも(anything under the sun that is made by man)」が、101条に規定された特許保護対象に含まれるとまで述べられています。しかし、実際には、判例に基づき、抽象的概念(abstract idea)、自然法則(laws of nature)、自然現象(natural phenomena)は、特許の保護対象に含まれないものとされています(MPEP § 2106)。

近年、米国特許法第101条に基づく特許保護対象適格性については、Bilski事件が最高裁で争われ[Bilski v. Kappos, 130 S. Ct. 3218, 561 US, 177 L. Ed. 2d 792 (2010)]、特にビジネス方法について特許適格性の基準を明らかにするものと期待されていましたが、最高裁は、CAFCの大法廷(en banc)が「machine-or-transformation testが、ビジネス方法に関する発明が特許保護の対象になるか否かについての唯一の判定手段」と判示したのを覆し、”machine-or-transformation test”は、有効な判断手段の一つに過ぎないとし、新たな明確な基準を示すことはありませんでした。

また、上記のBilski事件に引き続き、特許保護対象適格性に関して、Prometheus事件も最高裁で争われ、大いに注目を集めていました。

Prometheus事件において有効性が争われた特許は、治療効果を最適化する方法に関するものでしたが、米最高裁判所は、Prometheus特許が請求しているのは自然法則そのものであり、特許保護対象とはならないと判示しました。

日本特許法において、「発明」が「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されていることからも分かる通り、殆ど全ての発明が何らかの自然法則を応用しているはずであり、Prometheus特許における最高裁の「自然法則そのもの」であるという判示が、医療関係分野に限らず方法のクレーム全般の特許保護対象範囲に与える影響について懸念する声が多く聞かれ、また、Prometheus事件の最高裁判決は、近年のアンチパテントの流れに沿ったものとの見方がされることも有るようです。

しかし、このPrometheus事件に関する限り、多くの特許実務者は、特許保護対象の問題というより、むしろクレームのドラフティングの問題と考えていると思います。自分だったら違ったクレームの書き方をしたと考えた実務者が多いのではないでしょうか?

この事件から本当に導き出される教訓は、何が特許適格性を有する主題なのかというよりも、むしろ単なる自然現象をクレームしていると見なされないように、適切にクレームをドラフティングしなければならないという非常に初歩的な問題であると思います。そして、今回、USPTOが発行したガイドラインも、特許実務者は当然認識していて然るべき基本的な注意事項を扱っているに過ぎません。

Prometheus特許のクレーム

問題になったPrometheus特許の代表的なクレームは、以下の通りです。

原文

A method of optimizing therapeutic efficacy for treatment of an immune-mediated gastrointestinal disorder, comprising:

(a) administering a drug providing 6-tmoguanine to a subject having said immunemediated gastrointestinal disorder; and

(b) determining the level of 6-tmoguanine in said subject having said immune-mediated gastrointestinal disorder,

wherein the level of 6-thioguanine less than about 230 pmol per 8×108 red blood cells indicates a need to increase the amount of said drug subsequently administered to said subject and

wherein the level of 6-thioguanine greater than about 400 pmol per 8x 108 red blood cells indicates a need to decrease the amount of said drug subsequently administered to said subject.


日本語訳

免疫介在性胃腸疾患の治療効果を最適化する方法であって、

(a)該免疫介在性胃腸疾患を有する対象に、6-チオグアニンの薬物を投与する工程、および

(b)該免疫介在性胃腸疾患を有する対象における6-チオグアニンのレベルを決定する工程

を含む方法であり、

該6-チオグアニンのレベルが、赤血球8×108個当たり約230 pmol未満であれば、該対象に対するその後の薬物投与量を増やす必要性があることを示し、そして、

該6-チオグアニンのレベルが、赤血球8×108個当たり約400 pmolを越えるならば、該対象に対するその後の薬物投与量を減ずる必要性があることを示す。

クレームの分析と考察

クレームの分析

上記のクレームの概略を簡潔に纏めてしまうと以下のようになります。

『治療効果を最適化する方法であって、

(1) 特定薬物を投与する工程、及び

(2) 薬物の有効成分の血中濃度を決定する工程、

を含み、そこで(wherein):

 上記血中濃度が特定値未満であれば、投与量の増加が必要、

 上記血中濃度が特定値を超えたら、投与量の減少が必要。』

先ず、注意すべきなのは、Prometheus特許は、「診断方法」や「投薬方法」に関するものと認識されていることが多いようですが、正確には、上記の通り「治療効果を最適化する方法」に関するものです。

考察

上記のことから分かる通り、Prometheus特許のクレームには、「治療効果を最適化する」という目的を達成する手段として何が開示されているかと言うと、薬が少なすぎたら投与量を増やすことが必要になり、逆に少なすぎたら投与量を減らすことが必要になるという1つの判断基準が説明されているに過ぎません。

実際に上記の判断基準に従って決定した量で投薬するという工程までは明記されておらず、単に、適切な投与量の増減の必要性を判断する基準を説明したところで終わってしまっています。

血中濃度が閾地より低くて投与量の増加が「必要」になる、又は血中濃度が閾地より高くて投与量の減少が「必要」になるというようなこと自体は、単なる自然法則と解されても致し方ないでしょう。

当業者であれば、上記Prometheus特許のクレーム文言から、上記の判断基準に基づいて制御された量で薬物を投与するところまで読み込むことが合理的という考え方も出来るでしょう。しかし、クレーム文言通りに解釈して、血中濃度が閾地より低くて投与量の増加が「必要」になる、若しくは血中濃度が閾地より高くて投与量の減少が「必要」になったら、Prometheus特許の権利範囲ということになったならば、実際にそれに基づいて投与量を制御しなくとも、Prometheus特許を侵害してしまうことになり、公平性を欠きます。

また、上記のように『適切な投与量の増減の必要性を判断する』ということは、頭の中だけで出来ることであり、これは101条関連で、Bilsky事件後に、CAFCで争われたCybersource事件(CyberSource Corporation v. Retail Decisions, Inc., No. 2009-1358 (Fed. Cir. August 16, 2011))において特許適格性がないことが確認された「精神的プロセス」(mental process)に当たると言えます。

Prometheus特許のクレームにおける実際の表現は「必要性を示す」(indicates a need to …)であり、実際に「判断する」という表現が使用されている訳ではないので、この事件において、Prometheus特許のクレームが「精神的プロセス」だと認定されたわけではありませんが、特定の薬物血中濃度が投与量の増減の必要性を示すということは、観察者の判断によって決定されることなので、実質的に「精神的プロセス」であると言ってもいいのではないでしょうか。

101条問題の回避

上記のような問題は、基本的なクレームのドラフティングにより、容易に回避できた可能性があります。

例えば、上記の判断基準に基づいて制御された量で薬物を投与するところまでクレームに明記されていたらどうだったでしょうか?その場合、112条(記載要件)や102条(新規性)及び103条(非自明性)を満たすかどうかは別として、101条の問題は回避できた可能性が高いと思います。

また、単に101条を満たすことのみを目的とすれば、「治療効果を最適化する方法」ではなく、「免疫介在性胃腸疾患の治療方法」にしておけば、特許保護適格性が認められた可能性は十分にあると思います。「治療効果を最適化する方法」としたために、最高裁は、特定の薬物血中濃度が投与量の増減の必要性を示すという部分のみを、発明の実質的な特徴と見なしましたが、「免疫介在性胃腸疾患の治療方法」であれば、薬物を投与する工程が発明の実質的な特徴と見なされるはずです。いずれにしても上記の判断基準に基づいて制御された量で薬物を投与するところまで明記しないと、発明の本質的な特徴が明らかにならないとは思いますが、この『薬物を投与する』行為は、明らかに自然法則そのものではないため、101条の問題は回避できると考えます。

CAFCは、Prometheus特許の特許保護適格性を認めたことからも、本件は101条に関しては当落線上にあり、クレームの書き方次第で101条違反を免れることも十分に可能であったことが伺えます。

Prometheus事件に基づきUSPTOが作成した指針

プロメテウス事件の最高裁判決を受けてUSPTOが公表したガイドラインによると、自然法則を含む方法クレームの特許適格性の判断において、以下の3つの点を検討することとしています。

1.  Is the claimed invention directed to a process, defined as an act, or a series of acts or steps? [請求された発明が、行為又は一連の行為若しくは工程によって定義された方法に関するものか?]

2.  Does the claim focus on use of a law of nature, a natural phenomenon, or naturally occurring relation or correlation (collectively referred to as a natural principle herein)? (Is the natural principle a limiting feature of the claim?)

[クレームが、自然法則、自然現象又は自然発生する関係若しくは相互関係(以下、これらは纏めて「自然原理」と称す)の応用に焦点を当てたものか?(即ち、自然原理が、クレームを限定する特徴となっているか?)]

3.  Does the claim include additional elements/steps or a combination of elements/steps that integrate the natural principle into the claimed invention such that the natural principle is practically applied, and are sufficient to ensure that the claim amounts to significantly more than the natural principle itself?

  (Is it more than a law of nature + the general instruction to simply “apply it”?)

 [クレームが、以下のような付加的な要素/工程又は要素と工程の組み合わせを含んでいるか?: 自然原理を、これが実用的に応用されるような形でクレームされた発明に組み込み、且つクレームが明らかに自然原理以上のものに相当するものとなることを確実にするのに十分な要素/工程又は要素と工程の組み合わせ。

 (即ち、クレームが、自然法則と、それを単に応用しろという一般的な指示との単なる組み合わせとなっていないか?)]

上記項目1及び2は自明であると思います。今回の問題点は、項目3に集約されています。

項目3の最後の括弧書きには、Is it more than a law of nature + the general instruction to simply “apply it”?(クレームが、自然法則と、それを単に応用しろという一般的な指示との単なる組み合わせとなっていないか?)とあります。

上記のPrometheus特許の方法クレームでは、血中濃度が閾地より低くて投与量の増加が「必要」になる、又は血中濃度が閾地より高くて投与量の減少が「必要」になるというようなこと自体は、単なる「law of nature」に過ぎず、また実施に際して投薬量の調整が「必要」であるということが理解されても、それは「general instruction to simply “apply it”」の域を出ないということになります。

典型的には、方法のクレームの場合、意図した結果を得るために自然法則を応用して行われる操作を具体的に記載することにより、単に、自然法則そのものを請求していると見なされることを回避することが出来ます。Prometheus特許の場合、例えば、上記したように、上記の判断基準に基づいて制御された量で薬物を投与するところまでクレームに明記されていたら、101条の問題は回避されていた可能性が高いと考えられます。

いずれにしても、冒頭でも述べたように、Prometheus事件最高裁判決及び今回のガイドラインは、米国における特許適格性を有する主題の定義に関して問題提起するものと言うより、方法クレームのドラフティングを疎かにすると特許適格性が否定されてしまうこともあり得るという教訓ととらえるべきでしょう。

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