周知技術

欧州(5): 審査

比較的厳しくオーソドックスな審査が行われます。審査官や個々の案件により状況は大きく異なりますので、一概にどの国や地域が審査が厳しいと明言することは難しいのですが、一般的に日本や米国よりも厳しいと言われております。我々が扱った案件でも、最初の実体審査通知が許可通知(厳密には、Rule 71(3)の許可予告通知)ということも結構有るのですが、一旦、拒絶されると厳しく追及してくる審査官が比較的多いという印象です。

KSR判決以前は、一般的に欧州の方が米国より審査が厳しいと考えられていましたが、最近は差が小さくなっているように感じます。米国のKSR判決により、米国における非自明性の基準と欧州における進歩性の基準がほぼ等しくなったと述べている欧米のアトーニーもおります。

新規性

欧州においては、日本や米国と比較して、新規性の拒絶は受け難いと言えます。

具体的には、EPOにおいて新規性を否定するためには、審査対象の発明が公知技術文献に直接的且つ明確(directly and unambiguously)に記載されていることが要求され、そのような厳密な意味での新規性を要求する判断基準は、"Photographic Novelty"と称されることがあります。要するに、欧州では、公知文献に内在的に開示されていると判断され得るような事項であっても、それが直接的且つ明確に読み取れ無い場合、そのような事項は公知文献に開示されているとは見なされません。例えば、本発明と公知文献に開示されている発明の違いが、周知技術の付加や周知の均等物による置換などであっても、明示的な違いが有れば、それは新規性ではなく、進歩性の問題とされます。

一方、日本の新規性判断基準は、本発明と公知文献に違いが有っても、その相違が実質的なものでないと判断されると新規性は否定されます。例えば、例えば、本発明と公知文献の違いが、周知技術の付加や周知の均等物による置換に過ぎないと判断されれば、本発明の新規性が否定されます。この様な新規性判断基準は、欧州の"Photographic Novelty"に対比して、"Enlarged Novelty"と称されることもあります。

しかし、仮に新規性を認められても進歩性も認められなければ、結局は特許許可を受けることは出来ませんので、特許性審査において、この新規性判断の厳しさが大きな問題になることは余りありません。例外は、出願時に未公開であった先願(Secret Prior Art)が引用された場合です。この様な出願時に未公開であった先願に対しては、新規性を有することは要求されますが、進歩性まで有することは要求されません。従って、その様な先願が引用された場合、新規性が認められれば、進歩性が無くても特許が認められることとなります。

また、このEPOの新規性判断の考え方は、補正の適格性や優先権主張の有効性の判断にも適用されます。

要するに、補正については、上記のような新規性判断基準(Photographic Novelty)に照らして、補正後の請求項が出願時の明細書の開示に対して新規性が無いと言える程度に、直接的且つ明示的に記載されているものにしか補正することができません。この点については、別途、補正に関してより具体的に説明します。

また、優先権主張の有効性についても、EP出願が、優先権出願に対して新規性を有しないということが要求され、ここでの新規性は、上記したような厳格な意味での新規性になります。要するに、優先権出願から黙示的に読み取れると言えるような発明であっても、優先権出願に直接的且つ明示的に示されていると言えなければ、優先権の有効性が認められません。

進歩性

通常、Problem-Solution Approach(課題-解決手段アプローチ)に沿って判断されます。具体的には、以下のようの手順で進歩性を評価します。

(i)  determining the "closest prior art",

クレームされた発明と最も近い技術を開示する"最近似先行技術"を特定し、

(ii)  establishing the "objective technical problem" to be solved, and

最近似先行技術を念頭に置き、クレームされた発明が解決する技術的課題を決定し、そして

[補足: ここで実質的に要求されているのは、クレームされた発明と先行技術の技術的相違点(先行技術には記載されていない当該発明の特徴)を特定し、その技術的相違点に起因する先行技術に対する該発明のアドバンテージを特定することです。このアドバンテージを上記の「技術的課題」と考えれば良いと思います。]

(iii)  considering whether or not the claimed invention, starting from the closest prior art and the objective technical problem, would have been obvious to the skilled person.

クレームされた発明が提供する当該技術的課題の解決手段について、当業者が、最近似先行技術から出発して、該解決手段に到達することが自明であったかどうかを判断する。

[補足: 最近似先行技術を検討し、当該技術的課題に直面した当業者が、他の公知技術などを考慮した上で、クレームされた発明が提供する解決手段に到達する見込みについて判断し、この見込みが"could"(「したかもしれない」や「した可能性がある」)では「自明であった」とは言えず、"would"(「したであろう」)であった場合に「自明であった」と判断されます。この"would"は、米国MPEPにおける"with reasonable expectation of success"(「合理的成功の見込みをもって」)とほぼ同意と考えて良いと思います。]

審査に要する期間

欧州は審査に非常に時間がかかることも特徴です。通常、審査請求から特許取得まで、3~4年、場合によってはそれ以上かかります。審査官の質は高いのですが、取り扱う案件の数に見合うだけの数の審査官がいないということが最大の原因です。

加盟国におけるプラクティスの違い

EPOより許可された後に、所望の指定国への登録を行いますが、無効訴訟などは国毎に行われ、またその際はその国の法律に基づいて、特許の有効性が判断されます。

特に、ドイツはEPC加盟国でありながら、ドイツで選択発明が認められるか定かで無い点に注意が必要です。このことは、選択発明を認めているEPOにより許可された特許をドイツに登録しても、ドイツでは無効にされる可能性が有ることを意味します。

また、EPC加盟国でも、ベルギー、ギリシャ、オランダ、スイスは方式審査のみですので、これらの国において早期且つ安価に権利を取得することを希望するのであれば、EPO経由でなく直接出願した方が、目標を達成しやすいと言えます。

フランスにおいては、審査段階では新規性についてのみ検討されます。従って、やはりEPO経由よりも直接出願の方が比較的容易に権利化できる可能性があります。但し、無効訴訟においては、進歩性も問題となります(審査中、登録後、訴訟前に補正が可能)。

成分Aの量に関して『好ましい量』

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出願時に公開されていなかった先願に対する新規性(拡大先願、準公知等)と進歩性(非自明性)

本稿では、出願時に未公開であった先願(Secret Prior Art)に関する主要国(日本、米国、欧州、中国、韓国)における取り扱いを比較します。

先願主義を採用している国においては、特許は早い者勝ちですので、他人が同じ発明を開示した出願を先に提出していれば、それが自分の出願時に公開されていなくても、後から提出された出願は、特許を認められません。

特許法に従うと、「新規性」はあくまで出願時に公知であったかという観点から判断されますので、出願時に公知でなかった先願に対する後願の「新規性」自体は否定されないということになるのですが、特に外国においては、Secret Prior Art(出願時未公開先願)に対するNovelty(新規性)というような表現で議論されることが多いため、本稿においては、便宜上、「出願時未公開先願に対する新規性」というような表現を使用することとします。

一方、殆どの国においては、そのような出願時未公開先願(Secret Prior Art)に対する進歩性までは要求されません。

この進歩性不要の点については、主要国における唯一の例外は米国であり、Secret Prior Artに対しても進歩性(非自明性)が要求されます。米国は、2013年3月16日をもって先願主義に移行しますが、現時点で分かる範囲では、この点に変更は無いようです。

おおまかには以上の通りですが、国によって、先願と後願の発明者・出願人が同一であった場合や新規性(発明の同一性)の判断基準に相違が有りますので、以下に具体的に検証します。

[I] 拡大先願とその例外

(II-1)日本において:

後願と同一の発明が、出願時未公開先願(Secret Prior Art)の請求の範囲・明細書・図面の何れかに記載されていれば新規性を認められません。この様な出願時未公開先願に関する規定は、日本では、一般に「準公知」や「拡大された先願の地位(拡大先願)」(特許法29条の2)と称されます。また、所謂「二重特許」を禁止するため、先願と後願の請求項の比較に基づく新規性の判断が、特許法39条(先後願)に規定されています。

以下の説明においては、特許法29条の2の規定(拡大先願)と特許法39条の規定(先後願)を特に区別することなく、出願時未公開先願がどの様に扱われるかについて述べます。また、実際には、先願が公開されるか否か、また放棄や取下げなどされているかによっても状況が変るのですが、その点まで考慮すると話が複雑になってしまいます。そこで、多くの場合に問題になるのは、他人の公開公報に自己の発明と同一または類似の発明が開示されていることを発見した場合や、自らの先願の発明と類似の発明に関する出願を検討しているような場合であると思いますので、ここでは、先願は公開され且つ有効に維持されているという前提で話をします。

先願と後願の発明の同一性
特許法29条の2や特許法39条によれば、後願の請求項に記載された発明と先願で開示された発明(先願の請求項、明細書、図面などに開示された発明)に相違がある場合であっても、それが課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合は同一とみなされます(実質同一)。

これと対照的なのが、欧州であり、先願発明と後願発明に相違が有った場合、それが効果の違いに結び付かない周知技術の付加に過ぎないようなものであっても、新規性が認められます。この点については、後述致します。

先願と後願の発明者・出願人が同一の場合の例外規定
日本においては、出願時未公開先願と後願の発明者・出願人が同一であったか否かにより、事情が異なってきます。ここで「発明者・出願人が同一」とは、先後の出願の間で、発明者が全員同一(完全同一と称されます)か、出願人が全員同一(完全同一)である場合を指します。

(1)先願と後願の出願人・発明者が異なる場合(第三者による先願に対する新規性):
後願発明が、先願の明細書全体から読み取れなければ、後願の新規性が認められる。

要するに、後願の新規性が認められる為には、後願の請求項に記載された発明が、先願の請求の範囲・明細書・図面の何にも開示されていないことが必要です。

(2)先願と後願の出願人・発明者が同一の場合(自分、自社の先願に対する新規性):
後願のクレームに記載された発明が、先願のクレームに記載された発明と同一で無ければ新規性が認められる。

要するに、先願も自分又は自社によるものである場合には、後願の請求の範囲に記載された発明が、先願の明細書や図面からは読み取れるものであっても、先願の請求の範囲に記載されていなければ新規性が認められることになります。

後願の請求の範囲に記載された発明が、先願の請求の範囲に記載された発明と同一か否かは、発明の構成が同一かどうかにより判断されます。何らかの違いが有ったとしても、実質的な差異とは見なされない場合があります。具体的には、後願の請求項に記載された発明と先願の請求項に記載されていた発明との間に相違があっても、以下のような場合には、先願発明と後願発明は同一と見なされます。

-  後願の発明が、先願の発明に対して、単に周知・慣用技術を不加、削除、転換等をしただけで、新たな効果を奏するものでない場合

-  後願が先願より広い範囲を請求している(先願発明が下位概念であって、後願発明が上位概念である)場合

-  後願発明が、先願発明に対して単なるカテゴリー表現上の差異しかない場合(例えば、先願と後願の一方が物の発明で、もう一方が方法の発明)

(II-2)日本以外の主要国との比較:

米国、欧州、中国及び韓国においても、拡大先願により新規性が否定されます。

一方、拡大先願の地位の適用例外規定(即ち、出願時未公開であった先願に対する後願の新規性を判断する際に、先願の図面を含む明細書全体の開示ではなく、先願のクレームとの比較とする規定)を設けているのは、日本以外では韓国だけです。

米国: -- ターミナルディスクレイマー(terminal disclaimer)の制度有り --

日本における拡大先願の地位の適用例外規定とは異なりますが、米国には、ターミナルディスクレイマー(terminal disclaimer)の提出という手続きがあります。

即ち、米国においては、先願と後願が同一の発明者又は譲受人によるもので、先願と後願のクレームが同じでないにしても特許的に区別できない(not patentably distinct)と判断された場合(後願の発明が先願のクレームには記載されていないが、先願の明細書や図面から読み取ることができるような場合を含む)には、自明型二重特許(obviousness-type double patenting)の拒絶を受け、それに対してターミナルディスクレイマーを提出することによって、先に特許期間が満了するように、後願の特許期間を一部放棄することにより、先願と後願に基づく特許を共存させることが出来ます。

日本おける拡大先願の地位の適用例外規定と米国のターミナルディスクレイマー制度の違いとしては、後願の存続期間の点に加えて、米国におけるターミナルディスクレイマーは、あくまで先願特許と後願特許の発明者または譲受人が同一である限りにおいて有効な制度だということがあります。例えば、ターミナルディスクレイマーによって拒絶を克服して特許を受けた後に、先願特許と後願特許のどちらか一方だけが他人に譲渡された場合には、後願特許は権利行使不能(unenforceable)になってします。これに対して、日本では、特許後に、譲渡などによって先願特許と後願特許の権利者が異なることになったとしても、それにより特許が無効になったり、権利が制限されるというようなことはありません。

また、米国においては、同一の発明者又は譲受人による先願と後願のクレームが同一と判断された場合には、同一発明型(same invention type)二重特許の拒絶を受けます。この場合、Terminal Disclaimerによって拒絶を解消することはできず、クレームの削除や補正によりクレームを明確に差別化することが必要になります。

欧州: -- 拡大先願の例外は無いが、日本より新規性の拒絶を受けにくい --

EPC54条(3)によれば、先願と後願の発明者・出願人が同一であるか否かに関わらず、拡大先願が適用されます。即ち、先願と後願の発明者・出願人が同一であっても、後願の発明が、先願の明細書や図面などに開示されていれば、後願は先願に対して新規性無しと見なされます。このように自分、自社の先願の開示内容により、後願が拒絶されてしまうことを自己衝突(self collision、セルフコリジョン)と称します。

但し、後述しますように、日本特許庁(JPO)の新規性判断基準は、欧州特許庁(EPO)のそれよりも厳しいものとなっておりますので、JPOには新規性を否定されるような状況でも、EPOには新規性を認められるというケースもあり得ます。

具体的には、EPOの新規性判断基準は厳しく、"Photographic Novelty"と称されることがあります。"Photographic Novelty"とは、厳密な意味での新規性が求められることを意味します。より具体的には、欧州では、先願に対する後願の新規性が否定されるのは、後願の発明が、先願において一義的に読み取れるよう開示されている場合であって、僅かな相違であっても、それが先願の明細書から直接且つ明確に推論出来るようなもので無い場合、新規性は認められます。先願と後願の違いが、周知の均等物による置換などであっても、明示的な違いが有れば、それは新規性ではなく、進歩性の問題とされます。

一方、日本の新規性判断基準は、欧州の"Photographic Novelty"に対比して"Enlarged Novelty"(拡大先願に関連しては、上記のように「実質同一」)と称され、先願と後願に違いが有っても、その相違が実質的なものでないと判断されると新規性は否定されます。

要するに日本であれば、先願の公開前に、効果の違いに結び付かないような些細な変更点を先願発明に加えて出願したような場合、このような後願の先願に対する新規性は否定されますが、欧州においては、このような場合でも後願の新規性が認められる可能性があるということになります。

尚、欧州では、先後の出願の間で指定国が異なっていれば、拡大先願の適用がありませんでしたが、EPC2000(2007年12月13日施行)により、このような制限は撤廃されました。

中国: -- 拡大先願の例外は無く、且つ新規性の判断基準も厳しい --

専利法第22条第2項では、発明者や出願人が同一であっても、後願の出願後に公開される先願により拒絶されることが規定されています。即ち、中国も、欧州と同様に、発明者・出願人が場合の例外規定が有りません。

そのため、類似した発明について複数の出願を前後して提出する際には、自社の出願同士がセルフコリジョン(自己衝突)しないように注意する必要があります。なお、中国では、このようなセルフコリジョン(自己衝突)を起こすような特許出願を「抵触出願」と呼び、後願は新規性無しとして拒絶されることになっています。

新規性の判断基準については、中国審査基準(専利審査指南)によれば、日本に近い基準を採用しています。要するに、日本と同様に"Enlarged Novelty"(「実質同一」)により判断され、例えば先願と後願の相違点が慣用手段による置換に過ぎないと認められれば、後願の新規性は認められません(専利審査指南、第二部分、第三章)。

従って、中国では、日本等と同様に新規性の審査が厳しく(先願と後願が実質的に同一であれば、後願は新規性無し)且つ欧州等と同様に同一の発明者・出願人であっても拡大先願適用の例外が無い(後願発明が、先願でクレームされていなくても明細書や図面に記載されていれば、後願は新規性無し)ということになり、主要国では、中国が、拡大先願の適用が最も厳しいということになります。

韓国: -- 日本とほぼ同様 --

日本と同様に拡大先願の規定があり、また発明者・出願人が同一の場合には、日本と同様に拡大先願の適用はありません(韓国特許法29条3項)。要するに、先願と後願の発明者・出願人が同一の場合、先願と後願のクレーム同士を比較して、後願クレームの発明が先願クレームに記載されていなければ新規性が認められ、欧州や中国におけるような自己衝突(セルフコリジョン)にはなりません。

日本、米国、欧州、中国及び韓国における拡大先願地位の適用例外規定について纏めました。

国名 拡大先願地位の適用例外
日本 同一発明者又は同一出願人の場合:
先願の請求項に記載されていなければ新規性有り。
米国 同一発明者又は同一譲受人の場合:
先願の請求項に記載されていなければ、ターミナルディスクレーマーを提出して、後願の存続期間を一部放棄して、先願に合せることによって特許が認められる。
欧州 無し(但し、新規性の判断はPhotographic Novelty。先願に明示的開示が無ければ新規性は認められる。)
中国 無し
韓国 同一発明者又は同一出願人の場合:
先願の請求項に記載されていなければ新規性有り。

[II] 出願時未公開先願(Secret Prior Art)に対する進歩性

殆どの国においては、出願時未公開先願(Secret Prior Art)に対する進歩性までは要求されませんが、米国においては、Secret Prior Artに対しても進歩性(非自明性)が要求されることがあります。

即ち、米国においては、上記したように先願と後願が同一の発明者又は譲受人によるものであった場合には、後願発明が先願発明から自明であっても、ターミナルディスクレイマーの提出によって先願と後願に基づく特許を共存させることが可能ですが、先願と後願が同一の発明者又は譲受人が異なる場合には、後願発明は先願発明から自明でないことが要求されます(米国特許法第103条(c))。

これに対し、日本(特許法第29条第2項)、欧州(EPC第56条)、中国(専利法第22条第3項)及び韓国(特許法第29条第2項)においては、出願時に未公開であった先願(Secret Prior Art)はあくまで新規性の判断に利用されるだけであり、進歩性の判断には利用されません。

国名 出願時に未公開であった先願に対する進歩性(非自明性)
日本 不要
米国 必要(ただし、同一発明者・同一譲渡人の場合はTerminal Disclaimerの提出で対応可)
欧州 不要
中国 不要
韓国 不要

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「後知恵」(hind-sight)による拒絶に対処しやすい明細書作成について

審査基準における「後知恵」

現在の日本の審査基準には「後知恵」の防止に関する規定は存在していません。しかし、1993年に審査基準に導入されて以来、2000年の改訂前までの審査基準には「その他の留意事項」として「後知恵」の防止規定が存在しました。2000年の改訂で削除されたその規定は以下の通りです:

「本願の明細書から得た知識を前提として事後的に分析すると、当業者が容易に想到できたように見える傾向があるので注意を要する。例えば、原因の解明に基づく発明であって、いったん原因が解明されれば解決が容易な発明の進歩性を分析するときは、原因の解明も含めて技術水準に基づいて検討する。解決手段を考えることが当業者にとって容易であるという理由だけでは進歩性を否定することができない。」)

一方、米国の審査基準(MPEP)(MANUAL OF PATENT EXAMINING PROCEDURE)では、「2142: Legal Concept of Prima Facie Obviousness [R-6]」に「However, impermissible hindsight must be avoided and the legal conclusion must be reached on the basis of the facts gleaned from the prior art.」(...許容できない後知恵は防止しなければならず、法律的結論は先行技術から収集した事実に基づいて下さなければならない)と記載され、「後知恵」の防止に関する規定が存在します。

なお、米国の審査基準では、「後知恵」を防止する観点から、prima facie obviousness(一応の自明性)が成立する要件には以下の2項目が含まれています:
(1)TSMテスト(teaching, suggestion, or motivation test)(「2143.01: Suggestion or Motivation To Modify the References [R-6]」などを参照)と
(2)reasonable expectation of success(成功するという合理的な期待)(「2143.02: Reasonable Expectation of Success Is Required [R-6]」などを参照)。

また、EPOの審査基準(Guidelines for Examination in the EPO)では、「C_IV_11.9.2: "ex post facto" analysis; surprising technical advantage」と「C_IV_11.7.3: Could-would approach」に「事後分析("ex post facto" analysis)」(後知恵)の防止に関する規定が存在します。〕

「後知恵」に関する考察

上記のような一種の「戒め」の存在からも分かる通り、国を問わず、特許庁の審査官にとって最大のタブーの一つが、いわゆる「後知恵」(hindsight)に基づく拒絶を出してしまうことです。

「後知恵」は、進歩性(非自明性)の判断において問題になることが多く、「後知恵」による進歩性欠如の拒絶の説明で、しばしば引き合いに出されるのが有名な「コロンブスの卵」です。要するに、以前には誰にも成されていなかった発明に対して、最初に発明したことの価値を無視して、後から結果が容易に見えることのみに基づいて評価してしまうのが、「後知恵」による拒絶です。

しかし、考えてみれば、審査官が審査に先立って先行技術文献をサーチする際には、当然に本発明の内容を頭に入れてそれを基準にしてサーチするわけですのですので、そこには必然的に「後知恵」のバイアスがかかります。そして、そのようにしてサーチしてきた先行技術文献に対する発明の特許性を評価する段に至っては、その「後知恵」に基づく色眼鏡を外して、サーチを行った審査官自身にとってではなく、発明がなされた当時の「当業者」にとって発明が容易であったということを、充分な根拠をもって「理論付け」することが出来るか否かを検討します。

一般人には、この「色眼鏡」を外すことが難しいのですが、特許庁の審査官は必ず「色眼鏡」を外して発明と先行技術の関係を評価することが要求されます。

そして、その「理論付け」の根拠が一応、一見して充分なものであれば、「後知恵」はないことになり、もしもその「理論付け」の根拠が全く無い若しくは明らかに不充分であれば「後知恵」による拒絶ということになります(ただし、欧米・日本・韓国などの先進国では後者の状況は通常はごく稀にしか生じません)。

しかし、実際は、「理論付け」が充分かどうか自体についての純粋に客観的な判断基準はないわけですので、多くの場合の、ある意味では、拒絶理由にはほとんど必然的に「後知恵」的な要素が存在し得るとも言えます。この点に関連して、米国Albany Law Schoolの教授が、陪審を想定して一般市民400人を対象に、hingsightの影響についての調査を行ったところ、事前に本発明の知識を有していた人が、その発明を自明と判断する確率は、本発明の予備知識がなかった人の場合と比較して約2倍であり、TSMテストやGrahamテストに従って、判断させても結果はそれほど変わらなかったそうです。

また、発明の技術は出願時からの時間経過ともに陳腐化しますので、一般に、「後知恵」による判断が生じるリスクは出願時から経時的に増加してゆく傾向があると考えられています。つまり、出願時には「とても意外な知見」に基づくとの印象を与える発明であっても、審査の時点、さらには裁判の時点というように、時間の経過にともない、「意外な知見」との印象はどんどん減少していき、したがって、「後知恵」による判断の生じるリスクが高まると考えられています。

このように、ある意味で、拒絶理由にはほとんど必然的に「後知恵」的な要素が存在し得ると考えられ、更に、「後知恵」による判断が生じるリスクは出願時から経時的に増大してゆく傾向があると考えられます。

そして、一旦、拒絶理由を受けてしまえば、如何にその理由が「後知恵」に基づくように見えたとしても、単に「後知恵」のみを主張して拒絶が撤回されることは殆ど無いと言って良く、結局は、出願人が発明の新規性・進歩性(非自明性)を明確にすることが必要になります。

要するに、如何に「後知恵」に基づくと思われる拒絶であっても、拒絶を受けてから「後知恵だ」と主張しても「後の祭り」であり、予め「後知恵」に基づく拒絶を受けないよう、明細書作成の段階で準備をしておくことが肝心であると考えます。

「後知恵」に基づく拒絶を未然に防止するための明細書

一般的な考え方

「後知恵」に基づく拒絶を未然に防止するための明細書とは、一言で言ってしまえば、先行技術に対する新規性・進歩性(非自明性)が明確に示されている明細書ということになります。

要するに、格別な手段が有るわけではないのですが、特に一見して先行技術との構成上の違いが小さい発明は、「後知恵」による進歩性欠如(自明性)の拒絶を受け易いので、発明の構成の困難性(先行技術同士若しくは先行技術と周知技術を組み合わせることに関する困難性)や予想外の効果などについて強調しておくとよいでしょう。

実際には、この点の対応が充分でない明細書を目にすることが良くあります。特に発明者の方は、発明が属する特定の技術分野の専門家ですから、自分では構成上の小さな改変にも困難性を伴うことを良く認識しており、それを当然のことと考えてしまい、専門外の第三者にとっては容易に見えるかもしれないという認識が無い場合が少なくありません。この様なことが原因となって、進歩性(非自明性)が明確に読み取れない明細書となってしまうのだと思います。

したがって、これは、弁理士や特許技術者の仕事の範疇とも言えますが、明細書を書く際に、発明が属する特定分野の専門知識が無い第三者にとって、発明がどのように解釈されるかを客観的にイメージすることが非常に重要です。客観的な視点からの配慮を欠いた明細書での出願は、後知恵に基づく拒絶を受けやすいと言えます。

具体的には、出願明細書において、本発明に最も近い先行技術から本発明に到達することについての困難性や予想外の効果が得られることが直感的に理解できるようなポイントを、発明の課題と解決手段の項目などで、要領よく説明しておけば、「後知恵」による拒絶を未然に防止できることがあります。また、ポイントさえ巧みに述べてあれば、拒絶を受けても、それをベースにして、意見書で大幅に詳しい説明にすることが容易になります。

特に効果の話となると、米国を除く多くの国において、出願時の明細書に教示も示唆もされていないような効果について、出願後の審査の段階で主張しても考慮されませんので、出願時に何らかの記載を含めることが重要です。

具体例と注意事項

たとえば、公知技術として、ある種のポリマーAの重合反応の特徴に着目して設計されたポリマーA製造用の重合反応装置があり、本発明は、その公知の重合反応装置を他のポリマーBの製造に適用した製造方法に関する発明である、という場合を例に取ります。

一般的には、化学分野など結果の予測が難しい分野においては、反応の原料が異なれば、適する反応方式や条件も異なるという一般的常識がありますが、審査官が、上記の重合反応装置をポリマーBの製造に適用することの容易性について何ら具体的な根拠を示さずに、「本発明で成功している」という結果を念頭において、公知の重合反応装置を他のポリマーに適用することなど当たり前などという理由で拒絶をしたならば、この拒絶は「後知恵」に基づくものと言えるかも知れません。

しかし、具体的な証拠の提示は無くとも、恐らく審査官は「異なる重合反応であっても、殆どの場合に、同じ反応装置が利用できることは周知」などを指摘してくるでしょう。それに対して、単に審査官の主張は、「後知恵」に基づく不当なものだと主張しても、通常、それだけでは審査官の判断が覆ることはなく、結局は、組み合わせの困難性や予想外の効果を明らかにすることが必要になると思います。

従って、「後知恵」の拒絶を防止し、またそのような拒絶を受けても効率的に拒絶を撤回させるためには、やはり出願明細書において、発明の構成の困難性や効果の意外性などを分かり易く説明しておくということが最も有効です。

上記の例では、一見して、先行技術におけるポリマーAを、単にポリマーBに置換しただけという第一印象を受けると思います。そこで、進歩性を明らかにする為に特に有効な手段としては、例えば、以下のような点を明細書で強調しておくことが考えられます:

(1) 当業者が、ポリマーA製造用の重合反応装置をポリマーBの製造に適用することを阻害する要因(いわゆる「阻害要因」または「阻害事由」)(英語では"teach away")の存在があったことを明らかにする。

(2) 上記(1)を明らかにした上で、先行技術と同じ又は類似の効果(例えば、選択率や転化率の向上など)を証明する。

(3)先行技術には教示も示唆もされていなかったような効果を証明する。(例えば、先行技術において達成された効果が選択率と転化率の向上のみである時に、本発明ではポリマーBの重合で問題視されていた有毒な副生物の生成抑制が達成されることを証明するなど。)

上記(1)の阻害要因については、例えば、上記のポリマーAの重合に関する先行技術文献において、ポリマーAの重合反応の平衡定数の低さに着目して、上記の特定の重合装置を設計し、一定範囲以上の平衡定数を示す重合反応に、この重合装置を利用すると不都合が起きるという趣旨のことが記載されていたとしましょう。そこで、ポリマーBの重合反応の平衡定数が、上記先行技術に記載されている範囲より高ければ、阻害要因があったと言うことが出来ると思います。

上記(2)については、ポリマーAに関する上記先行技術において、上記の重合装置の使用により、選択率や転化率が向上し、本発明における効果も同様であり、且つ阻害要因も無かったということであれば、本発明の効果が意外なものとは認められない可能性が有ります。勿論、例外も有るでしょうが、阻害要因もなく且つ先行技術と同じ方向性の目的の発明ということであれば、一般的には、進歩性を認めさせるのが難しい場合が多いと思います。

一方、上記(3)のように、先行技術には教示も示唆されていなかったような効果であれば、意外な効果と認められる可能性が高いと思います。ただ、やはり、上記の例のように、一見して先行技術との構成上の差が小さい時には、阻害要因の存在を明らかにできることが理想的です。

実際に「後知恵」に基づくと思われる拒絶を受けた場合の対応

拒絶理由通への回答において「後知恵」を明示的に主張することは、審査官の判断能力を否定することに等しいため、心証の観点から、よほどの証拠(たとえば、審査官の拒絶理由の論理における明示的・致命的な欠陥の存在や、明らかな「阻害要因」の存在など)でもないかぎり、あまり露骨に「後知恵」を主張しないほうがよいのではないかと考えます。

多くの場合に望ましいアプローチとしては、「後知恵」には直接言及せずに、阻害要因などの議論をする中で、審査官自身が「後知恵」的な要素の存在を自然に自覚して改めてくれるように話しをもっていくというやり方が望ましいと考えます。

但し、担当の審査官が変った場合や、審判・訴訟手続きにおいて、審査官の判断や相手の主張に対して行うのであれば、この限りではありません。むしろ、「後知恵」を強力に主張することが得策の場合もあると考えます。また、近年の知財高裁判決の進歩性判断において「後知恵」が積極的に言及されることが増えていますので、裁判での「後知恵」の議論の有効性は増す傾向にあると考えられます
(たとえば、平成18年(行ケ)第10422号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330151919.pdf)
平成20年(行ケ)第10130号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081225160745.pdf)
平成20年(行ケ)第10096号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090129104737.pdf)を参照。)

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