化学分野

ご挨拶・併設特許事務所・推薦状

ご挨拶

事務所設立の経緯

当事務所は、井上堯夫が、民間企業にて化学関係の技術及び装置の研究などを約7年間経験した後、国際特許事務所にて国際特許業務を約8年間経験し、更に約5年間同事務所外国部長として勤務の後、1976年(昭和51年)に独立して設立したものであり、主として化学分野のみならず電気・電子関係、機械関係を含む諸分野の外国特許取得のための特許出願及びそれに付帯する翻訳・係争事件を処理する事務所を主宰し現在に至っています。

実際の作業は、顧客の発明に関する説明書類などについて検討・相談し、英語にて原案を作成し、各国の代理人と協力して必要な手続を行っています。これまでに、弊所を介して、特許、意匠、商標などの知的財産権関連出願を提出した国は約170ヶ国にのぼります。

業務実績

これ迄は、製薬会社、化学会社、光ファイバーなどの通信技術を含む電線会社、自動車部品会社などの他、大学教授(電気化学・フッ素化学など、コロイド化学・有機合成化学など、化学・ワクチン・遺伝子工学など、ナノ炭素繊維など)等の大学関係からの依頼を受けての外国特許出願の他、外国会社との係争事件(異議、審判、訴訟を含む)又は交渉を代理する業務を行なって参りました。

当事務所では、上記のように通常の外国特許出願に加えて、重要な外国特許係争事件、例えば、米国での大手企業との抵触審査(Interference)事件、欧州での特許被異議及び異議申立事件を経験し、これらにおいては、単に緊急性への対応にとどまらず顧客からの指示原稿に内容の詳細検討、関係者との討議、技術的・法的に妥当な文書作成を果たし、出願人と現地代理人との間の単なる「中継」や依頼原稿の単なる「英訳」の域をはるかに超える貢献を果たしたものと自負いたしております。

また、このような外国特許係争事件の幾つかにおいては、顧客からの依頼により、私並びに所員が現地に出張して顧客のサポートを勤めました。

信条

従来の外国出願案件処理方法に関して:  

私は、前々より、日本国内出願人による外国特許出願案件に関して、多くの場合、国内特許事務所の貢献が中継係的なものでしかないことに疑問を抱いておりました。特に審査の厳しい米国や欧州での出願につきましては、外国代理人に依存するのではなく、彼等より遙かに出願人に近い立場の国内代理人による最大限の献身的貢献が無ければ効果的且つ経済的な対応は難しいはずです。

当事務所での対応: 

私は、独立して事務所を開設する以前より、日本国内代理人は、例え外国案件であっても、単なる連絡係的な役割を果たすのでなく、自らの力でそれを成功に導くよう努めることが本道であるとの信念に基づいて職務に携わっておりました。そして一個の集団として、その信念を全うすべく当事務所を設立するに至ったものです。

当事務所の所員にも私が長年の実務経験により獲得したのと同等の能力を身につけてもらうべく相当に厳しく教育し、その結果、所員も欧米の代理人からも一目置かれる実力を身に付けるに至りました。

当事務所は、特に外国特許出願に関しましては、少数精鋭により、常に国内で最高レベルのサービスをご提供できるものと確信しております。

国内の案件につきましても、併設するIJS国際特許事務所と綿密に連携をとることによって、同様に質の高いサービスをご提供致します。

平成18年1月

 

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併設特許事務所:IJS国際特許事務所

平成28年4月1日より、渡辺特許事務所は、IJS国際特許事務所に事務所名を変更いたしました。

本部:
渡邉 潤三(Junzo Watanabe): 弁理士登録番号 第11683号(2000年)
〒106-0032 東京都港区六本木5-13-6 麻布CMSホームズ302
TEL 03(3582)2991    FAX 03(3582)3209

荻窪オフィス:
瀬川 浩一(Koichi Segawa): 弁理士登録番号 第10862号(1996年)

 

推薦状

当事務所のホームページを開設するにあたり、京都大学名誉教授 渡辺信淳先生、並びに東京大学名誉教授 平井英史先生のご厚意により推薦状を頂きましたので、以下に掲載させていただきます。

渡辺 信淳(京都大学名誉教授、工学博士、日本化学会賞受賞(1980年)、紫綬褒章受章(1987年)

語学力・技術力の双方に秀でた教え子の井上所長と彼に厳しく鍛えられたスタッフが誠意をもって提供するサービスのレベルが如何なるものであるかは、彼らの作成した書類を一見すれば一目瞭然です。
更に、永年にわたり数多くの国々における特許取得に携わって来た豊富な経験と相俟って、適切な判断により早期且つ確実な権利取得に必ずや貢献してくれるものと確信し推薦します。
(平成17年11月寄稿)

平井 英史(東京大学名誉教授、工学博士、日本化学会賞受賞(1984年)

井上所長をはじめとするスタッフは、諸外国の特許法及び特許実務に精通しており、
更に技術的理解の正確さと優れた語学力に基づくサービスはその質の高さにおいて業界内でも群を抜くものであります。
私の経験からも、出願から最終的な権利取得までの手続を安心して委ねられるものと考えます。
(平成17年11月寄稿)

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米国(3): 現在の米国における特許政策(並びに自明性審査とその対策)

プロパテント政策の変化

米国においては、プロパテント政策(発明技術の独占的実施権を可能にする特許による権利保護を重視する政策)が、1980年代後半にレーガン大統領により導入され今世紀初頭まで維持されてきましたが、世界的な不況が深刻化するにつれ、大きな変化が見られます。

不況に加えて、プロパテント政策による弊害とも言える所謂「パテント・トロール(patent troll)」による特許権の濫用も大きな問題となっています。「パテント・トロール」とは、大学や研究機関以外のnonpracticing entity(特許発明を実施しない者)であって、第三者の特許権を譲り受け、その特許権を主張して大企業に巨額の損害賠償を要求するような組織のことです。このパテント・トロールの暗躍は、質の低い特許を乱発したことによる弊害であると言われております。

一般的には、近年の不況に伴い、プロパテントからアンチパテント(特許権より独占禁止法の遵守に重きを置く政策)へシフトしたと言われることが多いようですが、一概に、完全にアンチパテントへ傾いたと断言することは難しいようです。 近年の出来事を見ると、審査基準の厳格化や権利行使の範囲を制限する変化が目立ちますが、一方で、特許の活用を促進する方向の変化も見られます。要は、この不況を乗り切るために重要なツールの一つとして特許を有効に活用出来るように制度を整えているということであると思います。

近年の判例や2011年9月の法改正(Leahy-Smith America Invents Act)から読み取れる米国の知的財産権に関する姿勢は以下の通りです:

進歩性基準を厳格化し特許の質を向上

 - KSR Int'l Co. v. Teleflex, Inc., 550 U.S. 398 (2007) (これにより非自明性の審査が厳しくなった。)

付与後特許に対する異議申立ての機会を拡張

 - 付与後異議申立制度(Post-grant review)の導入(2011年のAmerica Invents Act)

過剰な権利行使を抑制

 - Abbott Labs v. Sandoz, 566 F.3d 1282 (Fed. Cir. 2009) (所謂"product-by-process"形式のクレームの権利範囲を、クレームで規定したprocessで得られる物に制限した。)

 - 複数の被告に対する訴訟の併合(joinder of parties)についての制限(2011年のAmerica Invents Act)(以前は、1つの特許訴訟において複数の被告を訴えることが可能であり、パテントトロールが複数の企業に対して同時に特許権侵害訴訟を提起し損害賠償金請求することが問題視されていた。この対策として、「同一の特許を侵害している」ことのみをもって複数の被告を1つの訴訟事件で訴えたり、1つの訴訟事件に併合したりすることができないこととされた(§299)。)

 - In re Seagate Technology, LLC, 497 F. 3d 1360 (Fed. Cir. 2007) (特許侵害訴訟において、3倍賠償の対象となる故意侵害の有無の立証責任を、侵害者から特許権者側に移した)

 - 故意侵害及び侵害教唆対策としての鑑定書の入手・提出の不要化(2011年のAmerica Invents Act)(上記Seagate事件における判示の一部を成文法化。鑑定書を入手しなかったことや裁判所に提示しなかったことを、故意侵害(willful infringement)の認定や、侵害教唆(inducement of infringement)の意思の認定に使用できないと規定された(§298)。2012年9月16日以降に発行された特許に対して適用。)

特許出願人又は特許権者の過失に対する罰則適用条件を緩和

 - ベストモード要件違反を特許無効の理由から除外(2011年のAmerica Invents Act)

 - Therasense, Inc. v. Becton, Dickinson & Co. (Fed. Cir. 2011) (en banc))(不公正行為(Inequitable Conduct)の立証を困難にした)

 - 補助的審査(Supplemental Examination)制度の導入(2011年のAmerica Invents Act)(情報開示義務(IDS)違反の救済措置)

特許出願に関する門戸は狭めない

 - Bilski最高裁判決[Bilski v. Kappos, 130 S. Ct. 3218, 561 US, 177 L. Ed. 2d 792 (2010)] (CAFCの大法廷(en banc)が「machine-or-transformation testが、ビジネス方法に関する発明が特許保護の対象になるか否かについての唯一の判定手段」と判示したのを最高裁が覆した。)

KRS判決による非自明性判定基準の変化:

以前は審査が厳しいと言われている化学分野の特許出願で、かなり厳しい審査結果を予想していたにも関わらず、あっさりと特許になって拍子抜けしたようなケースも多々ありました。しかし、最近は我々も実感として、KSR判決を境に自明性(複数の先行技術文献の組み合わせに対する容易性)の審査が非常に厳しくなったと思います。正直な所、KSR判決以前は、「減縮補正を行わないと103条(自明性)で拒絶されるだろうな」と思う様な件が、拒絶を受けずにそのまま特許にということも結構ありました(しかも、審査結果が出るのが早かった)。現在は、特許庁における審査は、より時間をかけてかなり厳密に行われているという印象です。KSR判決において最高裁は以前よりも厳格な非自明性の基準が提示しましたが、判断基準が厳格になった以上に、米国特許庁審査官の自明性審査に対する姿勢が厳しくなったと感じます。

実際に、統計的にみても、米国ではKSR判決以後では拒絶査定を受け審判請求を行う件数が増え(KSR判決前の2006年では3349件→KSR判決後の2008年では6385件)且つ審判請求を行って拒絶が撤回される確率が率低下しています(KSR判決前の2006年では41%→KSR判決後の2008年では28%)。

尚、参考までに、KSR判決後約2年間において、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所)が、化学・生化学系の発明を非自明(進歩性有り)と判断したケースが約62%であったのに対して、非化学・生化学系の発明を非自明と判断したケースは約33%であったとの統計データもあるそうです(http://www.jurisdiction.com/dsmith.pdf)。このことは、KSR判決によって、化学・生化学の分野のように効果を予見することが難しい分野では非自明と判断されやすく、一方、機械などの構造物などの効果を予見しやすい分野の発明は自明と判断されやすくなったということを示していると解釈することできます。

最近、米国特許成立の確率が回復(向上)傾向にあるという情報も散見されますが、実際、数字上はそうであっても、これが淘汰(即ち、元々特許性が明らかでない出願は繰り返し拒絶を受けたために放棄されてしまった)や出願人が出願する発明を精査していることによるという可能性もあると思います。弊所の印象としては、現在でも、KSR判決直後と比較すると非自明性の判断も大分緩和されたようにも思いますが、KRS判決以前と比較すると未だ厳しいように思います。実際に弊所で扱っている案件でも、非自明性の拒絶に対してほぼ完璧な対応ができたような場合(先行技術の組み合わせに対する阻害要因の存在を明らかにし、更に実験証明で予想外の優れた効果を明らかにしたような場合)であっても、その後、審査官の理解不足による拒絶を受け、更に何度かインタビューを行って説明したり、細かい補正をすることによって漸く許可になったということもありました。要するに審査官の側に、非自明性の審査は厳格に行うべきという意識があると思います。

自明性の拒絶に対する対応

自明性の拒絶を受けた場合の典型的な対応は以下の通りです:

(a) 審査対象出願の発明や先行技術の開示内容に関する審査官の誤認を明らかにする。
(b) 先行技術の組み合わせに対する阻害要因(teach away)の存在を明らかにする。
(c) 予想外の優れた効果を明らかにする。
(d) 先行技術に教示・示唆されていない特徴をクレームに追加して、更にその特徴による予想外の優れた効果を明らかにする。

その他にも商業的な成功(所謂“secondary consideration”(二次的考慮事項)の例)などが考慮されることもありますが、これらはあくまで二次的に考慮される事項であって、一般的には上記の(a)~(d)で十分な対応が難しい場合に補足的に主張すべき事項です。やはり先ず上記(a)~(d)の観点からの反論を検討すべきでしょう。上記のKSR判決以前は、自明性の拒絶に対して「引用された2つの先行技術文献が異なる技術分野に属するものであるから組み合わせは不当」という反論で拒絶が撤回されることが屡々ありました。しかし、KRS判決以降は、異なる技術分野に属する先行技術文献であっても組み合わせることが当業者の常識の範囲内で容易であれば自明であるということになりました。従いまして、原則的には上記のような対応を考えるべきです。

上記(a)の審査官の誤解についてですが、特に米国の審査官は、技術内容の誤解に基づいて拒絶してくることが多いという印象があります。審査官の指摘を鵜呑みにせずに、自らの出願のクレームの記載や先行技術文献の開示内容を詳細に検討することが重要です。

また、その様な場合においても、ただ審査官の誤解を責めることを考えるのではなく、何故そのような誤解が生じたのかを謙虚に検討してみることが望ましい結果につながることが多いです。具体的には、審査官の誤解の理由を検討し、許容範囲内で、誤解の原因を排除し、発明をより明確に定義できる補正が可能であるならば、そのような補正を行うことが望ましいです。仮に審査官の誤解が明らかであっても、何らかの補正を行った方が、権利化がスムーズになります。

上記(b)の「阻害要因」については、一瞥してそのような阻害要因が見あたらないような場合でも、注意深く、執念深く、引用された先行技術文献を徹底検討すると、「阻害要因」として若しくは「阻害要因」とまではいえずとも先行技術の組み合わせを断ち切るために利用できる記載が見つかることも良くあります。一見自明性の拒絶が妥当に思えても、直ぐにあきらめないことが大切です。米国に限らず外国出願の多くは、現地代理人への依存度が高いと思います。しかし、現地代理人は、自分で明細書を作成したのではないということもあり、明細書や引用された先行技術文献を必要以上に詳細に検討することは通常有りません。現地代理人が半ばギブアップの状態でも、弊所で明細書や先行技術文献を徹底的に検討して有効な反論材料を見出したようなことも少なくありません。

上記(c)の「予想外の優れた効果」に関しては、米国の特許プラクティスの1つの大きな特徴として、出願明細書に記載されていない効果について、出願後に主張することが可能です。(日本や欧州においては、出願時の明細書に教示も示唆もされていなかったような効果に基づいて進歩性を主張することは原則的に許されません。)

また、米国において「予想外の優れた効果」の立証に有効なツールとして、37 C.F.R. 1.132に基づく宣誓書(affidavit)又は宣言書(declaration)(以下、纏めて「宣誓供述書」)があります。この宣誓供述書形式で提出された証言やデータについては、審査官は、公知文献や専門家の見解書と同等の証拠として真摯に検討することが義務付けられています。この宣誓供述書は、最後に文字通り「署名者は、故意の虚偽陳述及びそれに類するものは、18 U.S.C.. 1001 に基づき罰金若しくは拘禁、又はその併科により処罰されること・・・について警告を受けており、本人自身の知識によって行う全ての陳述が真実であること・・・を宣言する」と宣誓して署名するものです。

37 C.F.R. § 1.132の宣誓供述書の詳細については、以下をご参考下さい:
MPEP §716.01(a)MPEP§716.01(c)

また、宣誓供述書については、こちら にもより具体的な説明と、弊所で作成した宣誓供述書のサンプルを幾つか掲載しておりますので、参考までにご覧下さい。

他の国では一般的に審査段階では宣誓供述書の形式での提出は要求されません。しかし欧州の場合、審査の段階では実験証明書を宣誓供述書の形式にする必要はありませんが、異議申立手続きや審判手続きにおいては宣誓供述書の形式にすることが要求されます。

尚、自明性(進歩性欠如)の拒絶に対する対応の仕方については、こちら でも解説しておりますので、ご覧下さい。

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「後知恵」(hind-sight)による拒絶に対処しやすい明細書作成について

審査基準における「後知恵」

現在の日本の審査基準には「後知恵」の防止に関する規定は存在していません。しかし、1993年に審査基準に導入されて以来、2000年の改訂前までの審査基準には「その他の留意事項」として「後知恵」の防止規定が存在しました。2000年の改訂で削除されたその規定は以下の通りです:

「本願の明細書から得た知識を前提として事後的に分析すると、当業者が容易に想到できたように見える傾向があるので注意を要する。例えば、原因の解明に基づく発明であって、いったん原因が解明されれば解決が容易な発明の進歩性を分析するときは、原因の解明も含めて技術水準に基づいて検討する。解決手段を考えることが当業者にとって容易であるという理由だけでは進歩性を否定することができない。」)

一方、米国の審査基準(MPEP)(MANUAL OF PATENT EXAMINING PROCEDURE)では、「2142: Legal Concept of Prima Facie Obviousness [R-6]」に「However, impermissible hindsight must be avoided and the legal conclusion must be reached on the basis of the facts gleaned from the prior art.」(...許容できない後知恵は防止しなければならず、法律的結論は先行技術から収集した事実に基づいて下さなければならない)と記載され、「後知恵」の防止に関する規定が存在します。

なお、米国の審査基準では、「後知恵」を防止する観点から、prima facie obviousness(一応の自明性)が成立する要件には以下の2項目が含まれています:
(1)TSMテスト(teaching, suggestion, or motivation test)(「2143.01: Suggestion or Motivation To Modify the References [R-6]」などを参照)と
(2)reasonable expectation of success(成功するという合理的な期待)(「2143.02: Reasonable Expectation of Success Is Required [R-6]」などを参照)。

また、EPOの審査基準(Guidelines for Examination in the EPO)では、「C_IV_11.9.2: "ex post facto" analysis; surprising technical advantage」と「C_IV_11.7.3: Could-would approach」に「事後分析("ex post facto" analysis)」(後知恵)の防止に関する規定が存在します。〕

「後知恵」に関する考察

上記のような一種の「戒め」の存在からも分かる通り、国を問わず、特許庁の審査官にとって最大のタブーの一つが、いわゆる「後知恵」(hindsight)に基づく拒絶を出してしまうことです。

「後知恵」は、進歩性(非自明性)の判断において問題になることが多く、「後知恵」による進歩性欠如の拒絶の説明で、しばしば引き合いに出されるのが有名な「コロンブスの卵」です。要するに、以前には誰にも成されていなかった発明に対して、最初に発明したことの価値を無視して、後から結果が容易に見えることのみに基づいて評価してしまうのが、「後知恵」による拒絶です。

しかし、考えてみれば、審査官が審査に先立って先行技術文献をサーチする際には、当然に本発明の内容を頭に入れてそれを基準にしてサーチするわけですのですので、そこには必然的に「後知恵」のバイアスがかかります。そして、そのようにしてサーチしてきた先行技術文献に対する発明の特許性を評価する段に至っては、その「後知恵」に基づく色眼鏡を外して、サーチを行った審査官自身にとってではなく、発明がなされた当時の「当業者」にとって発明が容易であったということを、充分な根拠をもって「理論付け」することが出来るか否かを検討します。

一般人には、この「色眼鏡」を外すことが難しいのですが、特許庁の審査官は必ず「色眼鏡」を外して発明と先行技術の関係を評価することが要求されます。

そして、その「理論付け」の根拠が一応、一見して充分なものであれば、「後知恵」はないことになり、もしもその「理論付け」の根拠が全く無い若しくは明らかに不充分であれば「後知恵」による拒絶ということになります(ただし、欧米・日本・韓国などの先進国では後者の状況は通常はごく稀にしか生じません)。

しかし、実際は、「理論付け」が充分かどうか自体についての純粋に客観的な判断基準はないわけですので、多くの場合の、ある意味では、拒絶理由にはほとんど必然的に「後知恵」的な要素が存在し得るとも言えます。この点に関連して、米国Albany Law Schoolの教授が、陪審を想定して一般市民400人を対象に、hingsightの影響についての調査を行ったところ、事前に本発明の知識を有していた人が、その発明を自明と判断する確率は、本発明の予備知識がなかった人の場合と比較して約2倍であり、TSMテストやGrahamテストに従って、判断させても結果はそれほど変わらなかったそうです。

また、発明の技術は出願時からの時間経過ともに陳腐化しますので、一般に、「後知恵」による判断が生じるリスクは出願時から経時的に増加してゆく傾向があると考えられています。つまり、出願時には「とても意外な知見」に基づくとの印象を与える発明であっても、審査の時点、さらには裁判の時点というように、時間の経過にともない、「意外な知見」との印象はどんどん減少していき、したがって、「後知恵」による判断の生じるリスクが高まると考えられています。

このように、ある意味で、拒絶理由にはほとんど必然的に「後知恵」的な要素が存在し得ると考えられ、更に、「後知恵」による判断が生じるリスクは出願時から経時的に増大してゆく傾向があると考えられます。

そして、一旦、拒絶理由を受けてしまえば、如何にその理由が「後知恵」に基づくように見えたとしても、単に「後知恵」のみを主張して拒絶が撤回されることは殆ど無いと言って良く、結局は、出願人が発明の新規性・進歩性(非自明性)を明確にすることが必要になります。

要するに、如何に「後知恵」に基づくと思われる拒絶であっても、拒絶を受けてから「後知恵だ」と主張しても「後の祭り」であり、予め「後知恵」に基づく拒絶を受けないよう、明細書作成の段階で準備をしておくことが肝心であると考えます。

「後知恵」に基づく拒絶を未然に防止するための明細書

一般的な考え方

「後知恵」に基づく拒絶を未然に防止するための明細書とは、一言で言ってしまえば、先行技術に対する新規性・進歩性(非自明性)が明確に示されている明細書ということになります。

要するに、格別な手段が有るわけではないのですが、特に一見して先行技術との構成上の違いが小さい発明は、「後知恵」による進歩性欠如(自明性)の拒絶を受け易いので、発明の構成の困難性(先行技術同士若しくは先行技術と周知技術を組み合わせることに関する困難性)や予想外の効果などについて強調しておくとよいでしょう。

実際には、この点の対応が充分でない明細書を目にすることが良くあります。特に発明者の方は、発明が属する特定の技術分野の専門家ですから、自分では構成上の小さな改変にも困難性を伴うことを良く認識しており、それを当然のことと考えてしまい、専門外の第三者にとっては容易に見えるかもしれないという認識が無い場合が少なくありません。この様なことが原因となって、進歩性(非自明性)が明確に読み取れない明細書となってしまうのだと思います。

したがって、これは、弁理士や特許技術者の仕事の範疇とも言えますが、明細書を書く際に、発明が属する特定分野の専門知識が無い第三者にとって、発明がどのように解釈されるかを客観的にイメージすることが非常に重要です。客観的な視点からの配慮を欠いた明細書での出願は、後知恵に基づく拒絶を受けやすいと言えます。

具体的には、出願明細書において、本発明に最も近い先行技術から本発明に到達することについての困難性や予想外の効果が得られることが直感的に理解できるようなポイントを、発明の課題と解決手段の項目などで、要領よく説明しておけば、「後知恵」による拒絶を未然に防止できることがあります。また、ポイントさえ巧みに述べてあれば、拒絶を受けても、それをベースにして、意見書で大幅に詳しい説明にすることが容易になります。

特に効果の話となると、米国を除く多くの国において、出願時の明細書に教示も示唆もされていないような効果について、出願後の審査の段階で主張しても考慮されませんので、出願時に何らかの記載を含めることが重要です。

具体例と注意事項

たとえば、公知技術として、ある種のポリマーAの重合反応の特徴に着目して設計されたポリマーA製造用の重合反応装置があり、本発明は、その公知の重合反応装置を他のポリマーBの製造に適用した製造方法に関する発明である、という場合を例に取ります。

一般的には、化学分野など結果の予測が難しい分野においては、反応の原料が異なれば、適する反応方式や条件も異なるという一般的常識がありますが、審査官が、上記の重合反応装置をポリマーBの製造に適用することの容易性について何ら具体的な根拠を示さずに、「本発明で成功している」という結果を念頭において、公知の重合反応装置を他のポリマーに適用することなど当たり前などという理由で拒絶をしたならば、この拒絶は「後知恵」に基づくものと言えるかも知れません。

しかし、具体的な証拠の提示は無くとも、恐らく審査官は「異なる重合反応であっても、殆どの場合に、同じ反応装置が利用できることは周知」などを指摘してくるでしょう。それに対して、単に審査官の主張は、「後知恵」に基づく不当なものだと主張しても、通常、それだけでは審査官の判断が覆ることはなく、結局は、組み合わせの困難性や予想外の効果を明らかにすることが必要になると思います。

従って、「後知恵」の拒絶を防止し、またそのような拒絶を受けても効率的に拒絶を撤回させるためには、やはり出願明細書において、発明の構成の困難性や効果の意外性などを分かり易く説明しておくということが最も有効です。

上記の例では、一見して、先行技術におけるポリマーAを、単にポリマーBに置換しただけという第一印象を受けると思います。そこで、進歩性を明らかにする為に特に有効な手段としては、例えば、以下のような点を明細書で強調しておくことが考えられます:

(1) 当業者が、ポリマーA製造用の重合反応装置をポリマーBの製造に適用することを阻害する要因(いわゆる「阻害要因」または「阻害事由」)(英語では"teach away")の存在があったことを明らかにする。

(2) 上記(1)を明らかにした上で、先行技術と同じ又は類似の効果(例えば、選択率や転化率の向上など)を証明する。

(3)先行技術には教示も示唆もされていなかったような効果を証明する。(例えば、先行技術において達成された効果が選択率と転化率の向上のみである時に、本発明ではポリマーBの重合で問題視されていた有毒な副生物の生成抑制が達成されることを証明するなど。)

上記(1)の阻害要因については、例えば、上記のポリマーAの重合に関する先行技術文献において、ポリマーAの重合反応の平衡定数の低さに着目して、上記の特定の重合装置を設計し、一定範囲以上の平衡定数を示す重合反応に、この重合装置を利用すると不都合が起きるという趣旨のことが記載されていたとしましょう。そこで、ポリマーBの重合反応の平衡定数が、上記先行技術に記載されている範囲より高ければ、阻害要因があったと言うことが出来ると思います。

上記(2)については、ポリマーAに関する上記先行技術において、上記の重合装置の使用により、選択率や転化率が向上し、本発明における効果も同様であり、且つ阻害要因も無かったということであれば、本発明の効果が意外なものとは認められない可能性が有ります。勿論、例外も有るでしょうが、阻害要因もなく且つ先行技術と同じ方向性の目的の発明ということであれば、一般的には、進歩性を認めさせるのが難しい場合が多いと思います。

一方、上記(3)のように、先行技術には教示も示唆されていなかったような効果であれば、意外な効果と認められる可能性が高いと思います。ただ、やはり、上記の例のように、一見して先行技術との構成上の差が小さい時には、阻害要因の存在を明らかにできることが理想的です。

実際に「後知恵」に基づくと思われる拒絶を受けた場合の対応

拒絶理由通への回答において「後知恵」を明示的に主張することは、審査官の判断能力を否定することに等しいため、心証の観点から、よほどの証拠(たとえば、審査官の拒絶理由の論理における明示的・致命的な欠陥の存在や、明らかな「阻害要因」の存在など)でもないかぎり、あまり露骨に「後知恵」を主張しないほうがよいのではないかと考えます。

多くの場合に望ましいアプローチとしては、「後知恵」には直接言及せずに、阻害要因などの議論をする中で、審査官自身が「後知恵」的な要素の存在を自然に自覚して改めてくれるように話しをもっていくというやり方が望ましいと考えます。

但し、担当の審査官が変った場合や、審判・訴訟手続きにおいて、審査官の判断や相手の主張に対して行うのであれば、この限りではありません。むしろ、「後知恵」を強力に主張することが得策の場合もあると考えます。また、近年の知財高裁判決の進歩性判断において「後知恵」が積極的に言及されることが増えていますので、裁判での「後知恵」の議論の有効性は増す傾向にあると考えられます
(たとえば、平成18年(行ケ)第10422号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330151919.pdf)
平成20年(行ケ)第10130号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081225160745.pdf)
平成20年(行ケ)第10096号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090129104737.pdf)を参照。)

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パラメータ発明、パラメータ特許について(Part 2 国毎の記載要件など)

[II] 「パラメータ発明」について主要国での取り扱いの相違

(II-1)パラメータ発明を許容しているか否か:

日本、米国、欧州、中国、韓国などを含む主要な国で、所謂「特殊パラメータ」で発明を規定することが禁止されている国は有りません。

欧州や中国では、審査基準に、発明をパラメータで特徴付けることは、発明を他の方法で十分に規定することが出来ない場合に限り許されるべきという趣旨の規定が有ります(EPO審査便覧、F部、第IV章、4.11)(中国専利審査指南、第二部分、第二章、3.2.2項)。しかし、通常、特殊パラメータの場合、これを使用せずに他の方法で十分に規定することが出来たということを明確にすることは難しいため、上記の規定が問題になることは少ないと思います。

(II-2)「パラメータ発明」の記載要件(実施可能要件、サポート要件、明確性要件):

発明の分野に関わらず、実施可能要件、サポート要件及び明確性などの記載要件については、各国ほぼ同様の基本的要求が有ります。

- 実施可能要件を満足するためには、クレームされたものを、公知物質から出発して過度の試行錯誤なしに製造する方法を明確に記載することが要求されます。

- サポート要件を満足するためには、クレームに記載した発明は、明細書によってサポートされ、裏付けられていることが要求されます。

- 明確性要件を満たすためには、特許請求の範囲の記載は明確でなくてはなりません。

パラメータ発明の場合に特に注意すべきこととしては、以下の様な点が挙げられます。

注意点(i) 

パラメータの達成手段の記載: 実施可能要件を満足するために、一般的な製造方法のみならず、如何にしてクレームしたパラメータを達成出来るかについて具体的な手段を記載することが必要です。

このことは実施可能要件の観点からのみならず、新規性の立証においても重要になる場合が少なくありません。即ち、特殊パラメータは当然、従来知られていなかったものですので、一見して先行技術においてそれが満たされているか分かりません。先行技術においてパラメータが満たされていなかったことを立証する際に、この特殊パラメータを満足するための方法について、先行技術が、全く開示していない、若しくは異なった製造方法を採用しているということを根拠にすることが多いからです。

パラメータ発明の製造方法が、先行技術に記載された方法と区別できないようなものであると、新規性が欠如しているか、実施可能要件が満たされていないかのいずれかの筈と見なされてしまいますので、この点はパラメータ発明に関する明細書において極めて重要です。

注意点(ii)

日本における記載要件に関する審査基準の厳しさ: パラメータ発明の記載要件について、日本は格段に厳しい判断基準を設けており、且つ出願後に実験データを提出すること(所謂「実施例の後出し」)によって記載要件(サポート要件や実施可能要件)の不備を解消することが認められていません。

日本の記載要件の厳しさについては、日米欧三極特許庁の「記載要件に関する事例研究」という資料に顕著に示されています。

(ii-a) サポート要件:
この資料の事例1においては、日本におけるサポート要件の厳しさが浮き彫りになっています。この事例1は、実際に日本において知財高裁大合議で争われた案件(「偏光フィルム事件」、平成 17年 (行ケ) 10042号 特許取消決定取消請求事件)をモデルにしておりますので、日本特許庁の理解と比較して欧米特許庁の理解が十分で無かった可能性は否めませんが、それでも大いに参考になると思います。(参考までに、「偏光フィルム事件」で取り消された日本特許に対応する米国及び欧州の出願はありませんでした。)

問題となった特許発明は、偏光フィルムの製造法であって、以下の2つのパラメータを満たすことが特徴となっておりました。

原料フィルムの完溶温度(X)と平衡膨潤度(Y)が、
Y > ‐0.0667X + 6.73   ・・・(I)
X ≧ 65          ・・・(II)

そして、この特許には、実施例が2つと比較例が2つ記載されています。

実際には、日本においては、出願後に補正がなされたり、実験データが提出されたりしたのですが、そのようなことは無かったものと仮定して、三極の見解が出されました(この資料の事例1、条件1)。

ここで米国特許庁と欧州特許庁が、記載要件を満たすとの見解を出したのに対し、日本特許庁は十分な記載がないとの見解を示しました。具体的には、日本特許庁は、このような発明において、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには、以下のことが必要であると述べております:

- 発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、

- 特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要する。

その上で、日本特許庁は、本件においては、具体例として二つの実施例及び二つの比較例が記載されているに過ぎず、また、本願発明が、具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はないと述べております。

更に、上記したように、日本においては、出願後に実験データを提出して瑕疵を治癒することは許容されません(資料の事例1、条件2)。

(ii-b) 明確性要件:
また「記載要件に関する事例研究」の事例2、条件1においては、日本における明確性要件の厳しさが顕著に示されています。

この事例2、条件1においては、微粒子の平均粒径が発明の特徴として記載されておりますが、この「平均粒径」の具体的な種類(個数平均径、長さ平均径、体積平均径など)及び測定方法が特定されていません。この事例の明確性要件に関する日米欧特許庁の見解は概ね以下の通りです。

日本: 発明の範囲が不明確。平均粒径の定義、測定方法等が複数あり、当業者間において、どれを使用するのが通常であるとの共通の認識はないというのが当該分野の技術常識。

欧州: 明確性は問題なし。測定方法等の記載が不十分で、権利範囲が定まらない場合、偶発的に先行技術に含まれてしまう恐れがある。しかし、これは開示の十分性の問題では無い。

米国: 技術常識などにもよるので一概には言えないが恐らく記載要件を満たしている。測定方法等が複数あったとしても、結果が非常に類似する場合、特定の測定方法を選択することは重要ではなく、一方で、結果が非常に異なる場合、当該特定の測定方法は容易に明らかだと言える。

(II-3)日本以外の国で、記載要件の拒絶理由を解消するために、実験データを出願後に提出することが許容されるか否か:


記載要件の拒絶理由を解消するために、実験データを出願後に提出することは、日本では上記したように許されませんが、米国、欧州、中国、韓国における運用は以下の通りです。

米国: 可能です。米国は、パラメータ特許に限らず、また記載要件のみならず、非自明性立証目的で明細書に根拠の無い効果に関する実験証明の提出なども認められており、出願後の実験証明書の提出に関しては寛容です。その様な実験証明書を提出する場合、37 C.F.R. § 1.132に基づく宣誓書(affidavit)又は宣言書(declaration)の形式で提出することが望ましいと考えられています。

欧州: 明細書の開示不十分を補う目的での実験証明書の提出は認められていません。

しかし、上記の通り、EPOはパラメータ発明に関して、日本のように特別な記載要件を要求していません。

欧州では、明細書中に当業者が実施可能なように発明が記載されていれば、原則的に具体例は少なくとも1つ開示されていればよいことになっております(EPC施行規則、第III部、第II章、規則42)。もしクレームされた範囲が広い場合には、クレームの範囲全般をカバーする複数の具体例を提示することが要求されます(審査便覧C-II,4.9)。

上記の「偏光フィルム」の例に関しては、EPOはクレームされた範囲に鑑みて実施例が2つもあれば十分という判断を示しています。

しかし、明細書の開示不十分を補う目的では提出できませんので、例えば、出願当時の明細書に全く具体的な開示がないのに、実験証明書で補うことは許されません。

一方、クレームした範囲と比較して明細書に具体例が少な過ぎるなどと指摘を受けた際に、具体例が少なくても明細書の記載から当業者が容易に実施可能ということを実験証明書をもって立証することは禁止されていません。勿論、拒絶理由を解消できるかは証拠の説得力次第になります。

中国: EPOとほぼ同様と考えて良いと思います。化学分野などの予測が困難な技術分野において、明細書の開示が十分か否かを判断する際に、出願日以降に補足提出された実施例や実験データなどは考慮されません(中国専利審査指南、第二部分、第十章、3.4項(2))。

韓国: 審査基準には明確な記載は無いように思われますが、こちらのAIPPIの資料から判断する限り、EPOとほぼ同様と考えて良いと思います。尚、韓国もパラメータ発明の記載要件に関して、日本同様の審査基準を導入するという話が以前ありましたが、現状が定かではありません。少なくとも現行の審査基準の「パラメータ発明の進歩性の判断」の項目において、パラメータの技術的意味の検討の必要性やパラメータと効果の明確化の必要性など、日本で記載要件に含まれているような事項が挙げられており、進歩性が否定された場合に実験成績証明書の提出による反論が可能とされております(韓国特許要件審査基準、第3章、6.4.3)。

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国や技術分野による実施例の必要性及び記載要件比較

明細書の実施例は、明細書の記載要件および実施可能要件を満たすために重要ですが、発明の種類や出願国によって必要な実施例の数や種類は異なります。日本出願および主要な出願国である米国、ヨーロッパ(EPO)、中国および韓国について、実施例の要件について説明します。

(1) 機械・電気分野の発明

一般的に、機械や装置などの構造体の発明の場合、従来技術に対する改良点や発明の構造的特徴の説明などから、発明の働きやその効果を類推することができます。従って、当業者が装置の使用方法や発明の効果を類推するのに十分な記載が明細書中にある限り、実際に発明である機械や装置を運転した実施例は日本、米国、EPO、中国および韓国のいずれに特許出願する場合でも、基本的に必要ありません。しかし、EPO出願の場合は、欧州特許条約規則の第III部、第II章、第42規則の(e)に「クレームに記載されている発明を実施する少なくとも1の方法を詳細に記載する。その記載は、適当なときは実施例を用いて、図面があるときはその図面を引用して行う。」とあることから、機械・電気分野の発明であっても、少なくとも1つの実施例を記載することが望ましいです。

また、一般的にこのような分野では、1種類の態様に関する開示でその他の態様もカバーされると考えられるため、それぞれの態様に対応する実施例がなくても包括的なクレームを権利化することが可能です。

(2) 化学分野の発明

一般的に化学分野の物の発明の場合、化合物の構造式などから発明の効果を類推することは不可能です。そのため、発明の構成とその効果を立証するために、日本、米国、EPO、中国および韓国の全ての国で実施例が必要です。

更に包括的なクレームを権利化するためには、クレームによってカバーされる全ての態様が実施可能であると審査官が判断するのに十分な種類の実施例が必要です。この点が特に厳しいのが中国であり、包括的なクレームを権利化するためには、全ての態様に関する実施例が求められています。また、クレームを実施例に合わせて減縮するように求められることもあります。(最近は、そのような要求を受けることは少なくなっていると感じますが。)

EPO出願については、一般的に方法のクレームに関する実施例は必要なく、プロダクト-バイ-プロセス様式で記載されたクレームについても、実施例は必須ではありません。

(3) 医療関連分野の発明

上記(2)化学分野の発明と同様に、医療関連分野の発明についても実施例は必須です。特に医療分野の場合、実験データによる効果の実証が求められ、化学分野よりも更に記載要件に関する審査が厳しくなります。

日本出願については、臨床試験結果に基づく実施例は必要ないものの、発明の効果を示す薬理試験(in vitro、動物実験データまたはヒトデータなど)の結果は必要です。

米国出願については、in vitroの実験のみを実施例として記載することができますが、in vitroの実験結果とin vivoにおける効果との相関性に関する説明が必須です(即ち、in vivoの効果と相関性のないin vitroの実験は、実施例にはなりません)。

EPO出願の場合、発明の効果を示す実験データが必須ですが、in vitroの実験で十分です。

中国出願についても、米国出願と同様に、in vitroの実験のみを実施例として記載することができます。中国出願の場合、当業者がin vivoにおける効果と相関すると考えるin vitroの実験結果であれば、実施例になります。

韓国出願の場合、実施例なしでは明細書が不完全とみなされます。日本出願と同様に、薬理データの記載が求められています。特に医薬組成物の発明の場合、当業者が発明を実施可能なように、医薬組成物の有効量、投与方法およびその他の処方に関する情報を明細書中に記載することが必要です。また、医薬組成物の使用を特定の疾患または薬理効果に関連付けて記載し、クレームされている薬理効果については、in vitroの実験、動物実験または臨床試験の結果が記載されていなければなりません。

(4) 予測に基づく実施例

米国出願と中国出願については、実際に実施した実験に基づく実施例のみならず、予測に基づいて記載した「予言的 (prophetic)」な実施例も認められます。通常、このような実施例は現在形で記載します。

一方、日本、EPOおよび韓国の出願については、予測に基づいて記載した実施例は、実施例として認められません。特に韓国では、現在形で記載した実施例であっても、実際に行ったものとみなされ、具体的なデータの提出を求められたケースもあります。

(5) 実施例の追加

審査通知などで明細書の記載不備や引用例に基づく進歩性の欠如などを理由に特許出願が拒絶を受けた場合には、明細書中に記載のない新たな実験データの提出によって拒絶を克服することが考えられます。

日本出願については、実施可能要件および進歩性に関する拒絶を克服するために、実験データなどを実験成績証明書の形式で提出することが可能です。しかし、記載要件に関する審査は厳しく、出願後に提出したデータによって拒絶が克服されることはあまりありません。

米国出願については、37CFR§1.132の宣誓供述書の形で実験データを提出することができます。このような宣誓供述書によって、(a)出願時の当業者の技術水準、(b)発明の用途、および/または(c)発明の予想外の効果を示す実験データを提出することができますが、明細書の記載不備を補完することはできません。

37 C.F.R. § 1.132の宣誓供述書の詳細については、以下をご参考下さい:
MPEP §716.01(a)MPEP§716.01(c)

また、宣誓供述書については、こちら にもより具体的な説明と、弊所で作成した宣誓供述書のサンプルを幾つか掲載しておりますので、参考までにご覧下さい。

一方、EPO出願および韓国出願については、進歩性の主張および明細書が記載要件を満たしていることの証拠して、出願後にデータを提出することが認められています。EPO出願については、出願明細書に開示されていない新規効果に係わるデータでも考慮されます。同様に、新規組成物に係わる実験データも、明細書中に記載されている組成物を含むより広い範囲のサポートとして考慮されることがあります。

中国出願については、米国と同様に、実施可能要件の不備を補うための実験データの追加は認められませんが、引例と本発明との比較データの提出は認められています。

(6) まとめ

上記(1)~(5)を簡単に表にまとめたものを以下に示します。

  日本 米国 EPO 中国 韓国
(1) 機械・電気分野の発明 実施例の必要性 × × △*1 × ×
(2) 化学分野の発明 実施例の必要性 O O O*2 O*3 O
(3) 医薬分野の発明 実施例の必要性 O O O O*3 O
薬理試験の必要性 O × × × O*4
(4) 予測に基づく実施例の可否 × O × O ×*5
(5) 出願後の実験データの提出 進歩性の主張 O O O O O
記載不備の補完 × × O × O

*1 欧州特許条約規則に実施例に関する記載はあるものの、明細書の記載が十分であれば、実施例は必須ではない。

*2 方法のクレームやプロダクト-バイ-プロセスクレームのように、製造方法でしか発明を特定できない場合、実施例は必須ではない。

*3 ベストモードの記載が必要。

*4 医薬組成物の有効量、投与方法およびその他の処方に関する情報に関する記載も必要。

*5 現在形で記載した実施例であっても、実際に行ったものとみなされ、具体的なデータの提出を求められる場合もある。

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