一応

「後知恵」(hind-sight)による拒絶に対処しやすい明細書作成について

審査基準における「後知恵」

現在の日本の審査基準には「後知恵」の防止に関する規定は存在していません。しかし、1993年に審査基準に導入されて以来、2000年の改訂前までの審査基準には「その他の留意事項」として「後知恵」の防止規定が存在しました。2000年の改訂で削除されたその規定は以下の通りです:

「本願の明細書から得た知識を前提として事後的に分析すると、当業者が容易に想到できたように見える傾向があるので注意を要する。例えば、原因の解明に基づく発明であって、いったん原因が解明されれば解決が容易な発明の進歩性を分析するときは、原因の解明も含めて技術水準に基づいて検討する。解決手段を考えることが当業者にとって容易であるという理由だけでは進歩性を否定することができない。」)

一方、米国の審査基準(MPEP)(MANUAL OF PATENT EXAMINING PROCEDURE)では、「2142: Legal Concept of Prima Facie Obviousness [R-6]」に「However, impermissible hindsight must be avoided and the legal conclusion must be reached on the basis of the facts gleaned from the prior art.」(...許容できない後知恵は防止しなければならず、法律的結論は先行技術から収集した事実に基づいて下さなければならない)と記載され、「後知恵」の防止に関する規定が存在します。

なお、米国の審査基準では、「後知恵」を防止する観点から、prima facie obviousness(一応の自明性)が成立する要件には以下の2項目が含まれています:
(1)TSMテスト(teaching, suggestion, or motivation test)(「2143.01: Suggestion or Motivation To Modify the References [R-6]」などを参照)と
(2)reasonable expectation of success(成功するという合理的な期待)(「2143.02: Reasonable Expectation of Success Is Required [R-6]」などを参照)。

また、EPOの審査基準(Guidelines for Examination in the EPO)では、「C_IV_11.9.2: "ex post facto" analysis; surprising technical advantage」と「C_IV_11.7.3: Could-would approach」に「事後分析("ex post facto" analysis)」(後知恵)の防止に関する規定が存在します。〕

「後知恵」に関する考察

上記のような一種の「戒め」の存在からも分かる通り、国を問わず、特許庁の審査官にとって最大のタブーの一つが、いわゆる「後知恵」(hindsight)に基づく拒絶を出してしまうことです。

「後知恵」は、進歩性(非自明性)の判断において問題になることが多く、「後知恵」による進歩性欠如の拒絶の説明で、しばしば引き合いに出されるのが有名な「コロンブスの卵」です。要するに、以前には誰にも成されていなかった発明に対して、最初に発明したことの価値を無視して、後から結果が容易に見えることのみに基づいて評価してしまうのが、「後知恵」による拒絶です。

しかし、考えてみれば、審査官が審査に先立って先行技術文献をサーチする際には、当然に本発明の内容を頭に入れてそれを基準にしてサーチするわけですのですので、そこには必然的に「後知恵」のバイアスがかかります。そして、そのようにしてサーチしてきた先行技術文献に対する発明の特許性を評価する段に至っては、その「後知恵」に基づく色眼鏡を外して、サーチを行った審査官自身にとってではなく、発明がなされた当時の「当業者」にとって発明が容易であったということを、充分な根拠をもって「理論付け」することが出来るか否かを検討します。

一般人には、この「色眼鏡」を外すことが難しいのですが、特許庁の審査官は必ず「色眼鏡」を外して発明と先行技術の関係を評価することが要求されます。

そして、その「理論付け」の根拠が一応、一見して充分なものであれば、「後知恵」はないことになり、もしもその「理論付け」の根拠が全く無い若しくは明らかに不充分であれば「後知恵」による拒絶ということになります(ただし、欧米・日本・韓国などの先進国では後者の状況は通常はごく稀にしか生じません)。

しかし、実際は、「理論付け」が充分かどうか自体についての純粋に客観的な判断基準はないわけですので、多くの場合の、ある意味では、拒絶理由にはほとんど必然的に「後知恵」的な要素が存在し得るとも言えます。この点に関連して、米国Albany Law Schoolの教授が、陪審を想定して一般市民400人を対象に、hingsightの影響についての調査を行ったところ、事前に本発明の知識を有していた人が、その発明を自明と判断する確率は、本発明の予備知識がなかった人の場合と比較して約2倍であり、TSMテストやGrahamテストに従って、判断させても結果はそれほど変わらなかったそうです。

また、発明の技術は出願時からの時間経過ともに陳腐化しますので、一般に、「後知恵」による判断が生じるリスクは出願時から経時的に増加してゆく傾向があると考えられています。つまり、出願時には「とても意外な知見」に基づくとの印象を与える発明であっても、審査の時点、さらには裁判の時点というように、時間の経過にともない、「意外な知見」との印象はどんどん減少していき、したがって、「後知恵」による判断の生じるリスクが高まると考えられています。

このように、ある意味で、拒絶理由にはほとんど必然的に「後知恵」的な要素が存在し得ると考えられ、更に、「後知恵」による判断が生じるリスクは出願時から経時的に増大してゆく傾向があると考えられます。

そして、一旦、拒絶理由を受けてしまえば、如何にその理由が「後知恵」に基づくように見えたとしても、単に「後知恵」のみを主張して拒絶が撤回されることは殆ど無いと言って良く、結局は、出願人が発明の新規性・進歩性(非自明性)を明確にすることが必要になります。

要するに、如何に「後知恵」に基づくと思われる拒絶であっても、拒絶を受けてから「後知恵だ」と主張しても「後の祭り」であり、予め「後知恵」に基づく拒絶を受けないよう、明細書作成の段階で準備をしておくことが肝心であると考えます。

「後知恵」に基づく拒絶を未然に防止するための明細書

一般的な考え方

「後知恵」に基づく拒絶を未然に防止するための明細書とは、一言で言ってしまえば、先行技術に対する新規性・進歩性(非自明性)が明確に示されている明細書ということになります。

要するに、格別な手段が有るわけではないのですが、特に一見して先行技術との構成上の違いが小さい発明は、「後知恵」による進歩性欠如(自明性)の拒絶を受け易いので、発明の構成の困難性(先行技術同士若しくは先行技術と周知技術を組み合わせることに関する困難性)や予想外の効果などについて強調しておくとよいでしょう。

実際には、この点の対応が充分でない明細書を目にすることが良くあります。特に発明者の方は、発明が属する特定の技術分野の専門家ですから、自分では構成上の小さな改変にも困難性を伴うことを良く認識しており、それを当然のことと考えてしまい、専門外の第三者にとっては容易に見えるかもしれないという認識が無い場合が少なくありません。この様なことが原因となって、進歩性(非自明性)が明確に読み取れない明細書となってしまうのだと思います。

したがって、これは、弁理士や特許技術者の仕事の範疇とも言えますが、明細書を書く際に、発明が属する特定分野の専門知識が無い第三者にとって、発明がどのように解釈されるかを客観的にイメージすることが非常に重要です。客観的な視点からの配慮を欠いた明細書での出願は、後知恵に基づく拒絶を受けやすいと言えます。

具体的には、出願明細書において、本発明に最も近い先行技術から本発明に到達することについての困難性や予想外の効果が得られることが直感的に理解できるようなポイントを、発明の課題と解決手段の項目などで、要領よく説明しておけば、「後知恵」による拒絶を未然に防止できることがあります。また、ポイントさえ巧みに述べてあれば、拒絶を受けても、それをベースにして、意見書で大幅に詳しい説明にすることが容易になります。

特に効果の話となると、米国を除く多くの国において、出願時の明細書に教示も示唆もされていないような効果について、出願後の審査の段階で主張しても考慮されませんので、出願時に何らかの記載を含めることが重要です。

具体例と注意事項

たとえば、公知技術として、ある種のポリマーAの重合反応の特徴に着目して設計されたポリマーA製造用の重合反応装置があり、本発明は、その公知の重合反応装置を他のポリマーBの製造に適用した製造方法に関する発明である、という場合を例に取ります。

一般的には、化学分野など結果の予測が難しい分野においては、反応の原料が異なれば、適する反応方式や条件も異なるという一般的常識がありますが、審査官が、上記の重合反応装置をポリマーBの製造に適用することの容易性について何ら具体的な根拠を示さずに、「本発明で成功している」という結果を念頭において、公知の重合反応装置を他のポリマーに適用することなど当たり前などという理由で拒絶をしたならば、この拒絶は「後知恵」に基づくものと言えるかも知れません。

しかし、具体的な証拠の提示は無くとも、恐らく審査官は「異なる重合反応であっても、殆どの場合に、同じ反応装置が利用できることは周知」などを指摘してくるでしょう。それに対して、単に審査官の主張は、「後知恵」に基づく不当なものだと主張しても、通常、それだけでは審査官の判断が覆ることはなく、結局は、組み合わせの困難性や予想外の効果を明らかにすることが必要になると思います。

従って、「後知恵」の拒絶を防止し、またそのような拒絶を受けても効率的に拒絶を撤回させるためには、やはり出願明細書において、発明の構成の困難性や効果の意外性などを分かり易く説明しておくということが最も有効です。

上記の例では、一見して、先行技術におけるポリマーAを、単にポリマーBに置換しただけという第一印象を受けると思います。そこで、進歩性を明らかにする為に特に有効な手段としては、例えば、以下のような点を明細書で強調しておくことが考えられます:

(1) 当業者が、ポリマーA製造用の重合反応装置をポリマーBの製造に適用することを阻害する要因(いわゆる「阻害要因」または「阻害事由」)(英語では"teach away")の存在があったことを明らかにする。

(2) 上記(1)を明らかにした上で、先行技術と同じ又は類似の効果(例えば、選択率や転化率の向上など)を証明する。

(3)先行技術には教示も示唆もされていなかったような効果を証明する。(例えば、先行技術において達成された効果が選択率と転化率の向上のみである時に、本発明ではポリマーBの重合で問題視されていた有毒な副生物の生成抑制が達成されることを証明するなど。)

上記(1)の阻害要因については、例えば、上記のポリマーAの重合に関する先行技術文献において、ポリマーAの重合反応の平衡定数の低さに着目して、上記の特定の重合装置を設計し、一定範囲以上の平衡定数を示す重合反応に、この重合装置を利用すると不都合が起きるという趣旨のことが記載されていたとしましょう。そこで、ポリマーBの重合反応の平衡定数が、上記先行技術に記載されている範囲より高ければ、阻害要因があったと言うことが出来ると思います。

上記(2)については、ポリマーAに関する上記先行技術において、上記の重合装置の使用により、選択率や転化率が向上し、本発明における効果も同様であり、且つ阻害要因も無かったということであれば、本発明の効果が意外なものとは認められない可能性が有ります。勿論、例外も有るでしょうが、阻害要因もなく且つ先行技術と同じ方向性の目的の発明ということであれば、一般的には、進歩性を認めさせるのが難しい場合が多いと思います。

一方、上記(3)のように、先行技術には教示も示唆されていなかったような効果であれば、意外な効果と認められる可能性が高いと思います。ただ、やはり、上記の例のように、一見して先行技術との構成上の差が小さい時には、阻害要因の存在を明らかにできることが理想的です。

実際に「後知恵」に基づくと思われる拒絶を受けた場合の対応

拒絶理由通への回答において「後知恵」を明示的に主張することは、審査官の判断能力を否定することに等しいため、心証の観点から、よほどの証拠(たとえば、審査官の拒絶理由の論理における明示的・致命的な欠陥の存在や、明らかな「阻害要因」の存在など)でもないかぎり、あまり露骨に「後知恵」を主張しないほうがよいのではないかと考えます。

多くの場合に望ましいアプローチとしては、「後知恵」には直接言及せずに、阻害要因などの議論をする中で、審査官自身が「後知恵」的な要素の存在を自然に自覚して改めてくれるように話しをもっていくというやり方が望ましいと考えます。

但し、担当の審査官が変った場合や、審判・訴訟手続きにおいて、審査官の判断や相手の主張に対して行うのであれば、この限りではありません。むしろ、「後知恵」を強力に主張することが得策の場合もあると考えます。また、近年の知財高裁判決の進歩性判断において「後知恵」が積極的に言及されることが増えていますので、裁判での「後知恵」の議論の有効性は増す傾向にあると考えられます
(たとえば、平成18年(行ケ)第10422号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330151919.pdf)
平成20年(行ケ)第10130号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081225160745.pdf)
平成20年(行ケ)第10096号 審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090129104737.pdf)を参照。)

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米国での審査における実施可能性、新規性、非自明性の判断基準について

米国での審査通知への回答書において米国代理人が米国審査基準(MPEP)に参照して実施可能性・新規性・非自明性の法律的基準について述べた説明で、原則的な部分を理解する上で参考になるものがありましたので、多少補足を加えた上で、以下に紹介します。参考までに、英語と日本語訳文の両方を併記します。

Legal Standard for Enablement(実施可能性の法律的基準について)

The Federal Circuit has repeatedly held that "the specification must teach those skilled in the art how to make and use the full scope of the claimed invention without 'undue experimentation'." In re Wright, 999 F.2d 1557, 1561, 27 USPQ2d 1510, 1513 (Fed. Cir. 1993).(連邦巡回裁判所はたびたび、以下の趣旨の判断を示してきた:「明細書は、当業者が『過度な実験』を行なうことなく本発明の全範囲を実現して使用するための方法を教示しなければならない」)

Nevertheless, not everything necessary to practice the invention need be disclosed. In fact, what is well-known is best omitted. In re Buchner, 929 F.2d 660, 661, 18 USPQ2d 1331, 1332 (Fed. Cir. 1991).(しかし、発明の実施に必要な全てを開示する必要はない。実際、周知のものは省略しても構わない。)

All that is necessary is that one skilled in the art be able to practice the claimed invention, given the level of knowledge and skill in the art. Further the scope of enablement must only bear a "reasonable correlation" to the scope of the claims. See, e.g., In re Fisher, 427 F.2d 833, 839, 166 USPQ 18, 24 (CCPA 1970).(必要なことは、当業界の知識と技術の水準に鑑みて、クレームされた発明を当業者が実施できるように記載されていることだけである。)

As concerns the breadth of a claim relevant to enablement, the only relevant concern should be whether the scope of enablement provided to one skilled in the art by the disclosure is commensurate with the scope of protection sought by the claims. In re Moore, 439 F.2d 1232, 1236, 169 USPQ 236, 239 (CCPA 1971).(実施可能性との関連におけるクレームの広さについては、明細書の開示により当業者に提供された実施可能性と、クレームが要求する保護の範囲とが一致していさえすればよい。) How a teaching is set forth, by specific example or broad terminology, is not important. In re Marzocchi, 439 F.2d 220, 223-24 169 USPQ 367, 370 (CCPA 1971).(教示の記載の仕方については、どのように記載されていても構わず、具体的実施態様による記載でもよいし、広い用語による記載でもよい。)

Legal Standard for Determining Anticipation(新規性判断の法律的基準について)

"A claim is anticipated only if each and every element as set forth in the claim is found, either expressly or inherently described, in a single prior art reference." Verdegaal Bros. v. Union Oil Co. of California, 814 F.2d 628, 631, 2 USPQ2d 1051, 1053 (Fed. Cir. 1987).(クレームに記載される全ての要素が明示的または潜在的に単一の先行技術文献に記載されている場合にのみ、クレームの新規性が欠如する。)

"When a claim covers several structures or compositions, either generically or as alternatives, the claim is deemed anticipated if any of the structures or compositions within the scope of the claim is known in the prior art." Brown v. 3M, 265 F.3d 1349, 1351, 60 USPQ2d 1375, 1376 (Fed. Cir. 2001) (クレームが複数の構造や組成物を含む場合には、複数の構造または複数の組成物のいずれか1でも先行技術文献に記載されているならば、クレームの新規性が欠如する。)

"The identical invention must be shown in as complete detail as is contained in the ... claim." Richardson v. Suzuki Motor Co., 868 F.2d 1226, 1236, 9 USPQ2d 1913, 1920 (Fed. Cir. 1989).(クレームされるものと詳細まで完全に一致する発明が示されていることが必要である)

The elements must be arranged as required by the claim, but this is not an ipsissimis verbis test, i.e., identity of terminology is not required. In re Bond, 910 F.2d 831, 15 USPQ2d 1566 (Fed. Cir. 1990).(クレームが要求する通りに要素が配置されていることが必要であるが、用語が同一である必要はない。)

Legal Standard for Prima Facie Obviousness (一応の自明性の判断の法律的基準について)

MPEP § 2141 sets forth the guidelines in determining obviousness. First, the Examiner has to take into account the factual inquiries set forth in Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1, 17, 148 USPQ 459 (1966), which has provided the controlling framework for an obviousness analysis.(MPEP § 2141には、自明性を判断するガイドラインが示されている。審査官は、まず、グラハム事件で採用された事実認定基準(いわゆる、Grahamテスト)を考慮しなければならない。) The four Graham factors are(4つのGrahamテストは以下の通りである):

(a) determining the scope and contents of the prior art(先行技術の範囲と内容を決定すること);

(b) ascertaining the differences between the prior art and the claims in issue(先行技術と当該クレームとの差を明確にすること);

(c) resolving the level of ordinary skill in the pertinent art(当業者の技術水準を確定すること); and

(d) evaluating any evidence of secondary considerations(二次的考慮事項の証拠を評価すること). Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1, 17, 148 USPQ 459, 467 (1966).

Second, the Examiner has to provide some rationale for determining obviousness.(次に審査官は、自明性を支持するための何らかの論理付けを提示することが必要である。) MPEP § 2143 sets forth some rationales that were established in the recent decision of KSR International Co. v Teleflex Inc., 82 USPQ2d 1385 (U.S. 2007)(MPEP § 2143には、KSR事件で確立された論理付けが示されている。). Exemplary rationales that may support a conclusion of obviousness include(自明性を支持するための典型的な論理付けは以下の通りである。):

(a) combining prior art elements according to known methods to yield predictable results(先行技術の要素を公知の方法で組み合わせて予想可能な結果を得ること);

(b) simple substitution of one known element for another to obtain predictable results(ある公知の要素を他の要素で単純に置換して予想可能な結果を得ること);

(c) use of known technique to improve similar devices (methods, or products) in the same way(公知技術を用いて類似の装置(方法や製品)を同様に改善すること);

(d) applying a known technique to a known device (method, or product) ready for improvement to yield predictable results(改善可能な状態にある公知の装置(方法や製品)に公知技術を適用して予想可能な結果を得ること);

(e) "obvious to try" - choosing from a finite number of identified, predictable solutions, with a reasonable expectation of success(「試みることが自明」-成功するという合理的な期待を持って、特定された予測可能な有限個の解決方法から選択すること);

(f) known work in one field of endeavor may prompt variations of it for use in either the same field or a different one based on design incentives or other market forces if the variations are predictable to one of ordinary skill in the art(ある技術分野において公知のものは、設計上の動機やその他の市場の力に基づいて、同じ技術分野や異なる技術分野で使用するためのバリエーションが当業者によって予測可能であれば、そのようなバリエーションを促すかもしれない。); and

(g) some teaching, suggestion, or motivation in the prior art that would have led one of ordinary skill to modify the prior art reference or to combine prior art reference teachings to arrive at the claimed invention.(先行技術文献を改変したり先行技術文献の教示を組み合わせてクレームされた発明に到達するように当業者を導いたであろう、先行技術における教示、示唆または動機。)

As the MPEP directs, all claim limitations must be considered in view of the cited prior art in order to establish a prima facie case of obviousness. See MPEP § 2143.03.(MPEPが示すように、一応の自明性を確立するためには、引用例に鑑みてクレームの全ての限定事項を考慮する必要がある。)

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パラメータ発明、パラメータ特許について(Part 3 日本における注意事項)

(II-4)パラメータ発明に関する日本出願の注意事項:

前回"Part 2"で説明しました通り、日本(と韓国)以外の国においては、パラメータ発明であっても他の数値限定発明の場合と要求事項は大差有りませんが、日本(と韓国)においては厳しい要件が有ります。

特に日本では、米国や欧州と比較して、サポート要件と明確性要件が厳しくなっております。

日本では、パラメータ発明の出願などの所謂「複雑出願」(膨大な選択肢を有したり、もたらされる結果で発明を記述したり、特殊なパラメータで発明を記述しようとする特許出願)といわれる出願の増加にともない、サポート要件の審査基準が厳しくなってきています。つまり、従来はクレームと明細書との単なる形式的な記載レベルの整合性が審査されることが主でしたが、近年では、技術の内容に立ち入って実質的な対応関係が審査されるようになりました。具体的には、以下のようなことが要求されます。

データ(実施例)

クレームされた当該パラメータの全範囲にまで発明を一般化できると主張できる充分なデータを明細書に記載すること、つまり、当該パラメータの全範囲をカバーする充分な数の実施例を記載することが重要です。

どの程度で「充分」と言えるのかは、ケース・バイ・ケースですが、例えば、中国の審査基準には以下のような要件が記載されています:

「通常は両端の数値付近(最適は両端値)の実施例を記載し、数値範囲が広い場合には、少なくとも一つの中間数値の実施例を記載しなければならない。」(専利審査指南、第二部分、第二章、2.2.6項)

特に、1つのパラメータで発明が定義されている場合は、国を問わず、上記は有効な指標となるでしょう。

一方、複数のパラメータの論理積(複数パラメータの規定範囲の重複部分)として発明が定義されているような場合は、要求されるデータは必然的に多くなります。その境界における臨界性(範囲内外での効果の違い)を明確にする為に多くのデータが要求されることがあります(理屈としては、ベン図における論理積(重複部分)の境界線を明らかに出来る程度の数のデータが必要になります)。上で述べた偏光フィルム事件は、複数のパラメータで発明が規定された例にあたり、実施例2つと比較例2つでは不十分であると認定されました。

もしも、どうしても出願時点で充分なデータを揃えられないという場合は、次善の策として、少なくとも、明細書に記載されるデータからその式を導き出すこと、及び、クレームされた数値範囲を定めること、が妥当であることを示す一応筋の通った理論や理由を述べておくことが絶対に必要です。

パラメータを規定する式

式などでパラメータを記載する場合は、明細書に記載されるデータからその式を導き出した根拠とクレームされた数値範囲を定めた根拠についての説明を述べることが要求されます。

パラメータで規定する範囲

パラメータの数値範囲が一見して非常に広範囲である印象を与える場合は、一般には具体的にどのくらいの数値範囲となるのかを示すことが望ましいとされています。

パラメータの数値範囲に下限または上限のいずれか片方しかない場合(所謂「オープンエンド(open ended)」のパラメータの場合)は、下限または上限の無い全範囲にわたってサポートされてはいないとみなされる可能性があります(または、不明確であるとみなされる可能性があります)。したがって、下限または上限を記載することが不可能でない限りは、それを、少なくとも明細書には記載しておくことが非常に望ましいと考えます。その際、下限または上限を記載することが真に不可能である場合は、その理由を合理的に記載しておくことが望ましいと考えます。

パラメータの明確性

測定方法が不明確であるために権利範囲が不明確となるという場合の典型例は、以下の通りです。まず、明細書に測定方法が記載されているが不明確である場合があります。また、明細書に複数の測定方法が記載されており、どの方法を用いるかで測定値に違いが生じるので不明確となる場合もあります。また、明細書に測定方法が記載されておらず、一般に複数の測定方法が知られており、どの方法を用いるかで測定値に違いが生じるので不明確となる場合もあります。したがって、当業者が疑問を生じることなく正しく実施できる1つの測定方法を明確に記載する必要があります。

また、当該パラメータが直感的に理解し難い複雑な式などで記載されている場合は、「当該パラメータの技術的意味が不明確である」という指摘や、「当該パラメータを特定の範囲とすることが発明の作用・効果とどのように関連するのかが不明確である」という指摘を審査官から受ける可能性があります。

尚、「技術的意味」について、審査基準では、「発明を特定するための事項の技術的意味とは、発明を特定するための事項が、請求項に係る発明において果たす働きや役割のことを意味し、これを理解するにあたっては、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮する」と述べられています。したがって、直感的に理解し難い複雑な式などでパラメータを記載する場合は、その「技術的意味」、すなわち、「発明において果たす働きや役割」(言い換えると、発明の作用・効果とどのように関連するのか)についての分かりやすい説明を明細書に記載することが必要です。

従って、日本(若しくは韓国)での権利化が重要であれば、審査基準に鑑み以下の様な点に注意して出願明細書を作成することが望ましいと考えます。

① 明細書に、クレームされたパラメータの範囲の技術的意味(すなわち、「発明において果たす働きや役割」)を明確に記載する。

② 式などでパラメータを記載する場合は、明細書に記載されるデータからその式を導き出した根拠とクレームされた数値範囲を定めた根拠についての説明を記載する。

③ パラメータ発明と従来技術のものとの関係を明細書において明確にしておく。すなわち、たとえば、「従来技術のものがクレームに記載するパラメータの範囲に入らず、発明の効果を発揮しないこと」を示すことができる比較実験データを実施例や比較例として記載する。

④ クレームされた当該パラメータの全範囲にまで発明を一般化できると主張できる充分なデータを含む実施例と、出来れば先行技術に相当する比較例やパラメータの臨界性を示す比較例(クレームしたパラメータ要件を満たさない場合、意図した効果が達成できないことを示す実験データ)とを明細書に記載する。  パラメータの数値範囲に下限と上限のいずれか片方しか設けない(open end)ということは、なるべく避けて、下限または上限を記載することが不可能でない限りは、少なくとも明細書には記載しておく。

⑤ パラメータ発明のものを製造する方法(製造条件)を明確に記載する(製造条件に関する種々の具体的な数値を記載する)。特に、当該パラメータを制御してクレーム範囲内の任意の値を容易に達成できるような手段を記載する。

⑥ 当該パラメータの数値を決定するための1つの測定方法を明確に記載する。

⑦ 出願後に実験データなどを提出することによって記載要件(サポート要件や実施可能要件)の不備を解消することは認められていないので、特にこの点で充分なデータや説明を記載しておくように留意する。

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パラメータ発明、パラメータ特許について(Part 4 新規性・進歩性)

[III] 「パラメータ発明」の新規性・進歩性(非自明性):

(III-1)各国における新規性・進歩性の判断

日本、韓国
日本においては、審査官は、合理的に判断して先行技術と同一である蓋然性が高いと判断した場合には、新規性を否定する拒絶を出すことが出来ます。(特許審査基準 第II部、第3章、3.4)

即ち、本発明で規定した特殊パラメータに関して先行技術に記載が無くとも、そのパラメータ以外の構造的特徴や特性の類似性、又は製造方法の類似性に基づいて、先行技術において特殊パラメータ要件が満たされている蓋然性が高いと合理的に判断出来れば、審査官は新規性の拒絶を出すことが出来ます。

このような蓋然性は、日本の審査基準においては「一応の合理的な疑い」と称されております。韓国においても、日本と同様に「一応の合理的な疑い」に基づいて新規性欠如の拒絶を出すことが出来ます。

米国
米国の審査基準においては"Doctrine of inherency"(固有性の原則)に基づいて判断されます(MPEP2112)。米国においては、新規性欠如(anticipation)のprima facie case [(反証がないかぎり申し立てどおりになる)一応の証明がある件]は、inherencyに基づいて良いとされております[ In re King, 801 F.2d 1324, 1327 (Fed. Cir. 1986)]。

要するに、日本も米国も、先行技術においてクレームされた特殊パラメータは明示的(explicitly)には開示されていないが、合理的に判断して、内在的(implicitly)に達成されている可能性が高いという理由で新規性が否定されることが有ります。

欧州
EPOの審査基準9.6(Implicit disclosure and parameters)においては、特殊パラメータで規定された発明の新規性を否定できるのは、先行技術において特殊パラメータ要件が開示されていなくても満たされていることについて疑いがないような場合(where there can be no reasonable doubt)に限られると記載されています。そのような場合の例として、先行技術文献に、本発明と同じ原料と製造方法が記載されている場合が挙げられています。

要するに、一般的に、特殊パラメータ発明の新規性については、日本や米国よりも欧州の方が認とめられやすいという傾向があると言えます。

例えば、米国において要求される証拠能力を表す"preponderance(優位性)"と"clear and convincing"(明確かつ説得力のある)という表現を使用すると、ある先行技術文献が、内在的に本発明の特殊パラメータ要件を満たす証拠(先行技術)として認められるかどうかについて、日本や米国では、"preponderance(優位性)"(どちらかと言えば先行技術において満たされている可能性が高い)があれば、審査官は新規性を否定する拒絶を出すことができ、一方、欧州においては"clear and convincing"(明確かつ説得力のある) である(先行技術において満たされていることがほぼ確実と言える)ような場合にのみ新規性の拒絶を出すことができると言えると思います。

中国
基本的には、日本や米国と同様と考えて良いと思います。中国の審査基準においては、日本や米国のように、「一応の合理的な疑い」や"prima facie case of anticipation"により新規性を拒絶することが可能と明示的には述べられておりませんが、それと同等の記載が中国専利審査指南、第二部分、第二章、3.2.5項に見いだせます。例えば、以下のような記載が有ります:

「逆に、属する技術分野の技術者は当該性能、パラメータに基づいても、保護を請求する製品を対比文献と区別できないならば、保護を請求する製品が対比文献と同一であることを推定できるため、出願された請求項に新規性を具備しないことになるが、出願人は出願書類又は現有技術に基づき、請求項の中の性能、パラメータ特徴を含めた製品が、対比文献の製品と構造及び/又は組成において違うことを証明できる場合を除く。」

そして1つの具体例として、以下を挙げています:

「例えば、専利出願の請求項がX回折データなど複数種のパラメータにより特徴づけた結晶形態の化合物Aであり、対比文献で開示されたのも結晶形態の化合物Aである場合、もし、対比文献の開示内容に基づいても、両者の結晶形態を区別できなければ、保護を請求する製品が対比文献の製品と同一であることを推定でき、当該出願された請求項は、対比文献に比べて、新規性を具備しないことになるが、出願人は出願書類又は現有技術に基づき、出願された請求項により限定された製品が対比文献に開示された製品とは結晶形態において確かに異なることを証明できる場合を除く。」

要するに、本発明と先行技術が共に結晶形態の化合物Aであり、本発明ではX線回折データなどのパラメータ規定が有るとところ、先行技術においてこれが満たされているのか不明な場合、新規性を否定する拒絶を出すことができる、とされています。

共に結晶形態の化合物Aであって、パラメータが不明であれば新規性無しで拒絶出来るということであれば、日本における「一応の合理的な疑い」よりも更にハードルが低い(簡単に、新規性欠如の審査通知を出せる)ことになるように思います。

以上のことから、特殊パラメータで規定した発明の場合、日本、米国、中国、韓国では、合理的な判断に基づいて新規性欠如の可能性が高いと判断すれば新規性欠如の拒絶を出すことができ、欧州は新規性欠如であることに疑いが無いような場合にしか新規性欠如の拒絶を出すことが出来ないということになっております。しかし、勿論、新規性が認められたとしても、進歩性も認められなければ特許は認められません。

いずれにしても新規性のみならず進歩性を確立しなければ、特許は認められませんので、通常は、拒絶理由が新規性欠如であるか進歩性欠如であるかはそれ程重要ではありませんが、例外として、審査官に引用された先行技術文献が、出願時に未公開であった先願(所謂"secret prior art")の場合には大きな問題となる可能性が有ります。

即ち、出願時未公開の先願の場合には、米国以外の多くの国においては、これに対して新規性さえあれば進歩性が無くても特許が認められることになっておりますので、新規性が認められれば特許性を認められることになります。ですから、例えば、特殊パラメータで規定された発明の場合に、そのパラメータが知られていなかったというだけで新規性が認められるならば、出願時に未公開であった先願に対しては自動的に特許性が認められるということになります。このことについては、こちらで詳細に説明しております。

進歩性については、特殊パラメータで規定された発明は、殆どの場合、パラメータ範囲で特定の効果が得られることに基づいていると考えられますので、先行技術においてその特殊パラメータを満たすものが得られていなかったことを明確に出来れば(要するに新規性を明確にできれば)、進歩性は比較的容易に認められるケースが多いと思われます。

(III-2)典型的な拒絶理由

パラメータ発明に関する特許出願が、新規性・進歩性(非自明性)の欠如で拒絶される場合の典型的な理由としては、以下のようなものがあげられます。

(1) 先行技術文献に記載された他のパラメータからの換算、推定により、本発明のパラメータ要件が満たされている蓋然性が高い。

(2) 上記パラメータ以外の特徴が共通しており、さらに先行技術が本発明と同様の効果を謳っているため、本発明のパラメータ要件が満たされている蓋然性が高い。

(3) パラメータ発明の出願明細書に記載されるのと同じ又は類似の出発物質と製造方法が先行技術文献に開示されている。従って、本発明と同様のものが得られている蓋然性が高い。

(III-3)対応策

上記からも明らかな通り、特殊パラメータ発明の場合には、従来知られていなかったパラメータで発明を定義するという性質上、先行技術の開示のみからは、クレームされた発明との相違が分からないため、新規性の拒絶理由は「先行技術において内在的にパラメータ要件が満たされている可能性が高い」ということになります。

典型的には、以下の2通りの方法のいずれかによって対処します:

(1)先行技術の実施例を再現して本発明のパラメータが達成されていないことを証明する。

(2)本発明のパラメータ要件を達成するための方法について以下を証明する:  2-1)本発明で採用されている「特定の製造方法」でなければ、クレームされたパラメータ要件を満足することができない。

2-2) 先行技術においては、上記の「特定の製造方法」は採用されていない。

上記(1)の如く「先行技術の実施例を再現」して、本発明のパラメータ要件が達成されていないことを立証する場合、先行技術の実施例の1つや2つを再現すれば良いのであれば、それ程手間もかからないでしょうが、先行技術の特定の限られた実施例についてのみ再現実験を行って、新規性が認められるということは多くないと思います。

一方、先行技術文献の実施例を全て再現すること若しくは先行技術文献の代表的な実施例(先行技術の開示範囲をカバー出来るような実施例)を選択することは通常難しく、更に、このような対応を取ったとしても、先行技術の開示を実施例に限定して考えるべきではない(先行技術文献の記載全体を考慮した上で、本発明が教示も示唆もされていないことを示す必要がある)という趣旨の指摘を審査官から受けてしまうことも充分あり得ます。

このような理由から、実際には、上記(2)の「本発明のプロダクトを得るための製造方法」に基づいて、新規性を示すことによって対応することが多いと思います。

この場合、本発明において採用されている製造方法が、先行技術で採用されているものと明らかに異なる場合には、上記2-2)(先行技術の製造方法が異なる)は容易に示すことができるということで、後は上記2-1)(特定の製造方法の必要性)を証明すれば良いことになります。

これに対して、本発明と先行技術の製造方法が類似しているが、先行技術に本発明のパラメータ要件を達成する為の具体的な製造条件の開示が無い場合や、本発明で採用している製造条件が、先行技術文献のブロードな開示に含まれているような場合には、以下のように少々複雑な対応が必要になることが多いと考えられます。

先行技術に具体的な製造条件の開示が無い場合

本発明で採用されている製造条件が、本発明のパラメータを達成する為に必須であることを証明すれば、新規性が認められる可能性が有ります。

本発明で採用している製造条件が、先行技術文献の開示に含まれている場合

本発明で採用されている製造条件が、本発明のパラメータを達成する為に必須であることに加えて、本発明で採用されている条件を採用することに関する阻害要因や効果の意外性を示すことが出来ないと新規性・進歩性を認めさせるのは難しいかも知れません。

出願後に、データの補完や減縮補正を行うことにより拒絶を克服出来ることも有りますが、最も注意すべきことは、出願時の明細書に、パラメータ要件を達成する為の手段を明確に記載しておくことです。先行技術文献に同じ製造方法が記載されているという理由で拒絶を受けた際に、パラメータ発明の製造方法が、先行技術に記載された方法と区別できないようなものであると、新規性が欠如しているか、実施可能要件が満たされていないかのいずれかの筈と見なされてしまいますので、この点はパラメータ発明に関する明細書において極めて重要です。

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翻訳の質:レベル2(標準的品質)

レベル2の「技術的観点から、原文の内容と矛盾無く翻訳されている」は、要するに、無難な標準レベルの翻訳が可能ということです。

多くの技術翻訳者・特許翻訳者はこのレベルであり、またこのレベル以上でも無いと思います。技術的に理解出来ない部分が多々有りながらも、とにかく原文との矛盾が起りにくいように工夫して翻訳していると思います。

何故、このような工夫が必要かというと、当然、異なる言語間の直接的変換は不可能である(これが可能であれば、翻訳ソフトで十分なはず)からですが、原文の意味を本当に理解せずに、原文と矛盾しないようにすると、必然的に、原文より広く曖昧な表現になる傾向があります。そして、その結果、原文で意図されていた技術内容が読み取れない翻訳文となってしまうことがあります。

外国特許出願に関しても、誤訳とは言えないまでも翻訳が原因で、審査官に技術を正しく理解してもらえずに問題になることがあります。弊所では、他の翻訳会社などで翻訳された明細書で提出された特許出願案件を中途で預かったり、検討した経験がありますが、その際に発生していた問題の例を以下に挙げます。

尚、以下の例で取り上げている問題点は、プロの翻訳者や技術の専門家にしか理解出来ないというものではなく、特許について多少の知識が有る方であれば容易に理解出来るものであると思います。

例1(翻訳が原因で不明確との拒絶を受けた外国特許出願)

日本企業が出願した米国特許出願のクレームにおいて、特定の膜の物性が、その評価方法と共に規定されていましたが、不明確であるとして112条(記載不備)の拒絶を受けていました。

原文(日本語)とその英訳文

原文:

-- 該膜を介して水と塩水とを対向して接触させた際に、測定開始後5日目の水/塩水の電気伝導度(EC)の差が5.5dS/m以下の膜である --

英訳文(弊所以外の翻訳会社による):

-- the film is one showing a difference in the electric conductivity (EC) in a water/saline solution system at the time of five days after the start of measurement is 5.5 dS/m or less, when the water and saline solution in the system are brought into contact through the film so that the water and saline solution face each other through the film. --

上記英訳文の問題点

この件では、112条(記載不備)の拒絶に対して、当時の日本国内代理人も米国代理人も、このままの表現で明確であると何度か反論して、いずれも審査官に却下されていました。

しかし、弊所で検討させて頂いたところ、この表現では不明確との指摘は尤もであり、補正の必要があると考えました。

問題点(1) : 測定対象特性の不明確さ

“difference in the electric conductivity”が、何処と何処で測定された電気伝導度(EC)の差なのかが不明確である。

問題点(2) : 測定操作の不明確さ

”at the time of five days after the start of measurement ・・・ when the water and saline solution in the system are brought into contact through the film ・・・”というように、afterとwhenが組み合わされて使用されているが、測定において、この水と塩水をどのようなタイミングで接触させているのかが分かり難い。

問題点(3) : テクニカルな観点からの不十分な記載

更に、純粋に翻訳上の問題ではないが、ここで行われているような膜を介したイオン濃度の差の評価においては、測定開始時点の塩水の濃度によって結果は全く異なるものとなるはずであるのに、塩水の濃度が記載されていない。(明細書本文には記載されていた。)

上記の翻訳は標準的なものと言えるかも知れませんが、技術翻訳、特に特許翻訳の場合、原文で意図されたことが翻訳後の文章から明確に読み取れるかということをより一層慎重に検討する必要があります。この際に、技術的観点及び特許実務の観点から、原文に不足・不備が無いかも検討すべきです。

弊所による補正

以上のような観点から、弊所で以下のように補正することを米国代理人に指示し、その結果112条の拒絶は撤回されました。

-- the film shows an electrical conductivity (EC) difference of 5.5 dS/m or less as determined by a method comprising contacting water with a saline solution having a salt concentration of 0.5 % by weight through said nonporous hydrophilic film, measuring respective electrical conductivities of the water and the saline solution 5 days after the start of the contact, and calculating the difference in electrical conductivity as between the water and the saline solution. -- (下線は、強調のために付加した)

要するに、(1)まず、膜を介して水と特定濃度の塩水を接触させ、(2)5日後の水のECと塩水のECを測定し、(3)得られた2つのEC値の差を求める、という測定手順が明確になるように補正しました。実際に、発明者が言わんとしていたのは、このようなシンプルなことです。

ここで、塩濃度は補正でないと追加できませんが、それ以外の箇所については、原文の意味を本当に理解していれば、翻訳の段階で対処出来た筈です。上記の他社による翻訳は、原文の真意を英語に変換することよりも、日本語の翻訳という枠に囚われすぎて、意図が伝わらない英文になってしまったということと推測します。

例2(翻訳が原因で先行技術との違いが不明確になってしまった外国特許出願)

この例は、合金分野の発明に関する日本企業の米国特許出願で、こちらも弊所以外の翻訳会社が明細書を英訳したものです。事情により、弊所で検討する機会がありましたが、翻訳のレベルとしては標準的なものであるようでした。しかし、一見、無難に見えた明細書の英訳文において不明確な翻訳があり、恐らくは、それが原因で審査官に発明の本質を理解してもらえずに困難な状況に陥っていました。

原文(日本語)とその英訳文

まず、原文とその英訳文は以下の通りです。

原文:

-- 最後の中間溶体化熱処理とは、全工程中のある工程と別のある工程の中間に複数回施される溶体化熱処理の内で、工程の順序として最後に施される溶体化熱処理をいう --

英訳文(弊所以外の翻訳会社による):

-- the "final heat treatment for intermediate solution treatment" is the heat treatment for solution treatment which is conducted lastly in order of the steps, among the heat treatments for solution treatment, which are conducted in a plurality of times between one step and another step in the whole process.  --

上記の英訳文が特許出願の審査に及ぼした影響(弊所の推測)

この特許出願案件においては、従来の合金とは異なる合金を製造する上で、「最後の中間溶体化熱処理」が行われるタイミングが非常に重要なのですが、英訳文においては、「最後の中間溶体化熱処理」が、いつ行われる処理なのかが非常に分かり難く、恐らくは、それが原因で、審査官に『製造方法が先行技術に開示されているものと区別できないから、得られる物も区別出来ない』という趣旨の指摘を受けているようでした。

上記英訳文の問題点

上記の英訳文において、「最後の中間溶体化熱処理」が、いつ行われる処理なのかが非常に分かり難くなっている原因は、翻訳者が、完全にこの熱処理のタイミングを理解せずに訳したことによると思われますが、具体的には以下の要因によって原文の意図が伝わり難いものとなってしまっています。

問題点(1) : タイミングを示す単語の不適切な使用

原文の「最後の中間溶体化熱処理」が、“final heat treatment for intermediate solution treatment”と訳されている。これを逆に日本語に直訳すると「中間の溶体化処理のための最後の加熱処理」となる。

この訳だと“final heat treatment”と“intermediate solution treatment”という2つのtreatmentsの関係が分かり難く、特に、中間の(intermediate)処理のための最後の(final)処理ということになってしまっているため、「中間の」と「最後の」という2つのタイミングの相互関係が非常に分かり難い。

問題点(2) : タイミングを示す用語/表現の不統一

上記(1)にも関連して、原文の「最後の中間溶体化熱処理」における「中間」は、原文にも説明されているとおり「全工程中のある工程と別のある工程の中間に複数回施される」という意味だが、この「・・・中間に複数回施される」の英訳において、“intermediate”という用語を使用せずに、単に“plurality of times between one step and another step”としてしまっている。

そのため“intermediate solution treatment”における“intermediate”が「全工程中のある工程と別のある工程の中間」を意味しているということが分かり難い。

問題点(3) : 関係代名詞の不要な重複使用

 “・・・which is conducted lastly in order of the steps, ・・・which are conducted in a plurality of times”というように2重に関係代名詞が使用されており、それぞれの先行詞が分かり難い。その結果、工程のタイミングが分かり難くなっている。

以上(1)~(3)の理由により、日本語の原文を読めばどのような操作を意図しているのか分かるのに、英訳文のみからでは極めて分かり難いということになってしまっており、また米国特許庁の拒絶理由からも、審査官が上記の製法の特徴が理解出来ていないことが伺えました。

弊所案

弊所でしたら、上記の文章は、例えば、以下のように英訳します:

-- the “final intermediate solution heat treatment” means the solution heat treatment carried out as the final one of a set of solution heat treatments each carried out as an intermediate treatment between two different steps involved in the entire process. --

[参考までに、上記の他社による翻訳は以下の通り:

-- the "final heat treatment for intermediate solution treatment" is the heat treatment for solution treatment which is conducted lastly in order of the steps, among the heat treatments for solution treatment, which are conducted in a plurality of times between one step and another step in the whole process.  --]

溶体化や溶体化熱処理の英語表現として“solution heat treatment”という用語は一般的に使用されています。

一応、上記の弊所案でしたら、“final intermediate solution heat treatment”は、中間溶体化のために数回行われる熱処理の内の最後の熱処理を指しているということが容易に分かると思います。

このように、一見無難に見える翻訳であっても、真に技術を理解した上で、それが客観的に理解できるように工夫されていないと、誤解が生じて問題になることが有ります。

また、更に加えて言うならば、合金の業界では「溶体化熱処理」は確立された用語のようですが、審査官が合金分野に精通しているとは限りません。従って、本来、明細書に「溶体化熱処理」の一般的な定義を説明しておくか、若しくは審査通知に対する回答において説明をすべきと考えますが、それがなされておりませんでした。特許の分野では、弁理士のみならず翻訳者もそのような配慮が出来ることが望ましいと考えます。

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