医療・バイオ関連発明の方法クレームについて

医療・バイオ関連発明の方法クレームの書き方(1): 日本出願の場合

米国とオーストラリア以外の諸外国では、人体を対象とした「手術方法」、「治療方法」や「診断方法」は特許の対象にはなりません。治療に用いることを直接的に意図した発明でなくとも、人体に作用する工程を含むような発明も、治療方法や手術方法とみなされて拒絶されるケースは少なくありません。そのため、医療・バイオ関連発明の出願において方法のクレームを作製する場合には、以下の点に注意する必要があります。

(1)ヒトを対象とした方法は特許の対象にならないが、動物を対象とした方法は特許の対象になる。しかし、「ヒト」も「動物」の1種なので、「ヒト以外の動物」と明示する必要がある。

(2)生体内で行う方法は特許の対象にならないが、in vitro(試験管内)で行う方法は特許の対象になる。可能であれば、in vitroの方法であることを明示する。

(3)医師の行う作業、例えば、人体からの試料の採取や、人体への薬品の投与、病気の判断については記載しない。

(4)医師などによる装置の操作は記載せず、装置そのものの動作として記載する。

特にクレームの書き方に注意の必要な発明としては、次のものが挙げられます。

 ・生体由来の細胞や組織などの処理方法に特徴のある発明

 ・医療機器の作動方法

 ・アシスト機器技術関連発明

・ 生体由来の細胞や組織などの処理方法に特徴のある発明

生体由来の細胞や組織などの処理方法に特徴のある発明の典型的な例としては、血液透析の方法(人体から血液を取り出し、有害物質を除去し、同一人に戻す方法)が挙げられますが、このように、人体から採取したものを同一人に治療のために戻すことを前提とした方法は、例え、人体から試料を採取する工程に関する記載がなくとも、原則として特許の対象にはなりません。

しかし、このような技術の例外として、自家採取物を用いた医薬品または医療材料の製造方法は、製造した医薬品を、原料を採取した者と同一人に治療のために投与することが前提になっていても、特許の対象となります。例えば、「Xタンパク質をコードするベクターをヒトに投与する遺伝子治療方法」はヒトにベクターを投与するという行為が「手術・治療方法」に該当するため特許の対象外ですが、「人体から採取した細胞に、Xタンパク質をコードするベクターを導入する、遺伝子治療用細胞製剤の製造方法」は特許の対象になります。同様に、ヒトから採取した細胞を用いた ①分化誘導技術、②分離・純化技術、③安全性の検査技術等の再生医療に必要な技術も特許の対象です。

・ 医療機器の作動方法

医療機器そのものは物の発明として特許の対象になりますが、その作動方法も特許の対象になります。例えば、「内視鏡による体腔内の観察方法」は、体腔内の観察という行為が「手術・治療方法」に該当するため特許の対象外ですが、「内視鏡の作動方法」は特許の対象です。このような場合、医師の行う操作に関する記載(例:「操作者が回転指示器を操作する」)は認められませんが、装置の動作に関する記載(例:「回転指示信号に応じて回転指示器が作動する」)は認められます。

・ アシスト機器技術関連発明

介護ロボットや歩行補助装置のようなアシスト機器技術関連発明について方法のクレームを作成する場合には、発明の性質上、人体の状態の判定(例:「歩行の状態を判定する」)や、人体への作用工程(例:「作業者の作業負担を軽減する」)に関する表現が必要になります。この分野の発明については、医療(例えば、リハビリ)を目的とした発明は特許の態様にはなりませんが、医療目的ではない発明(例えば、重労働を行う作業者の支援用)の場合には、機器による判定や作用が人間を手術、治療または診断する方法に該当しないことは明らかなため、上述のような表現を用いたとしても、特許対象外とみなされることはありません。

医療・バイオ関連発明の方法クレームの書き方(2): 欧州出願の場合

欧州特許法第53(c)では、手術や治療によってヒトや動物を処置する方法は特許の対象にはならないと規定されています。具体的には、医療従事者の行う作業は全て「手術や治療のための方法」に該当すると考えられており、例えば、単純な注射を行う工程が1つでも発明の方法に含まれていたら、特許の対象になりません。こういった欧州における「手術や治療のための方法」の定義は厳しすぎるという声もあり、2010年2月15日付の欧州特許庁(EPO)の拡大審判部による審決(G1/07)によって、新たな基準が設けられました。

G1/07において拡大審判部は、「心臓への造影剤の注入」という工程を含むMRIによる撮像方法について、「心臓への造影剤の注入」という工程は「生体に対する処置方法」に該当するため、この撮像方法は特許による保護の対象にならないと判断しました。しかしながら、この判断について、「手術や治療の実施が健康被害のリスクを伴うため、医療従事者の介入が必要な方法」のみを特許による保護の対象外とすべきであると結論付けています。

つまり、単に医療現場で実施される方法であるという理由だけでは、特許の対象外にはならないと判断しています。そこで問題になるのは、発明の生体に対する安全性や侵襲性ですが、これらの点については特に判断基準は設けられていません。現状では、特許の対象となる方法の発明をあまり拡大解釈することはできませんが、以下の方法は特許による保護の対象になると考えられます。

・生体を対象とした行為であっても、安全で日常的な技術であれば、そのような行為を含む方法も特許の対象となる。

・非治療的な薬品の投与を含む方法(但し、投与方法に伴う健康リスクがあるものは特許の対象としない)

・装置の運転方法のみに係わる発明であって、装置が人体に与える効果とは無関係の発明

・生体を対象としているが、健康被害が問題とならない行為(例えば、動物の屠殺)を含む方法

医療・バイオ関連発明の方法クレームの書き方(3): 米国出願の場合

米国では、人体を対象とした「手術方法」、「治療方法」や「診断方法」は特許の対象になります。また、米国の特許法には日本や欧州には存在する倫理規定のようなものも存在しないため、人体に作用する工程を含む発明が特許の対象にならないと判断されることはありません。(しかし、当然のことですが、特許として認められるかどうかは又別の問題です。)

米国出願において注意しなければならない点は、公知物質に基づく「物」の発明(例えば、公知物質の第2医薬用途に基づく製剤や、用法・用量に特徴のある製剤など)は特許対象外であるため、方法の発明として出願しなければならないという点です。


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