選択発明(selection invention)について

1.「選択発明」の定義と特許性判断

「選択発明」には、主に「化合物の選択」と「数値範囲の選択」に関する発明があります。

「化合物の選択」は、例えば先行技術において広く定義されていた化合物の中から特定の種を選択してクレームするような場合のことであり、具体例としては、先行技術文献においてある薬品の成分として単にアルコールを使用すると記載されていたところ、特定の炭素数のアルコールを用いると顕著な効果を奏することを見出して、その特定の炭素数のアルコールに限定してクレームするような場合です。

「数値範囲の選択」は、例えば組成物を構成する成分の量に関して先行技術に開示されていた広い数値範囲の中から限定された数値範囲を選択してクレームするような場合のことであり、具体例としては、ある成分の量に関して、先行技術文献において"1~100重量%"としか記載されていなかったところ、30~33重量%というような狭い範囲内にすることで顕著は効果を奏することを見出して、その狭い成分量に限定してクレームするような場合です。

日本の審査基準においては選択発明について次のように記載されています。

「選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明であって、以下の(i)又は(ii)に該当するものをいう。
   (i) 刊行物等において上位概念で表現された発明(a)から選択された、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明(b)であって、刊行物等において上位概念で表現された発明(a)により新規性が否定されないもの
   (ii) 刊行物等において選択肢(注)で表現された発明(a)から選択された、その選択肢の一部を発明特定事項と仮定したときの発明(b)であって、刊行物等において選択肢で表現された発明(a)により新規性が否定されないもの
 したがって、刊行物等に記載又は掲載された発明とはいえないものは、選択発明になり得る。」
(審査基準第III部第2章 第4節 7.1)

また、欧州においては、以前から、選択発明の新規性判断の基準として以下の要件を満たすことが要求されていました:
(1)選択された範囲が狭いこと、
(2)従来の範囲から十分に離れていること、
(3)選択された範囲に発明としての効果が有ること(審決T279/89)。

しかし、この効果に関する要件(3)は、新規性ではなく進歩性に関する要求であるという批判が以前からあり、2010年の審決 T230/07においては、効果に関する要件(3)は新規性判断からは除き、進歩性の要件とすると判示されました。

勿論、通常は、いずれにしても新規性のみならず進歩性も有さないと特許は認められませんが、効果に関する要件(3)が新規性判断の基準から除かれると、出願時未公開の先願(先に出願されたが、後願の出願時に公開になっていなかったもの)が引用された場合に大きな影響が有ります。即ち、日本を含む多くの国において、出願時未公開の先願の場合には、これに対して新規性さえあれば進歩性が無くても特許が認められることになっていますが、選択発明の場合に上記(3)も新規性判断の基準に含まれていると、出願時未公開の先願に対しても進歩性が求められることになってしまいます。効果に関する要件(3)が新規性判断基準から除かれれば、他の発明の場合と同様に、出願時未公開の先願に対しては、新規性さえ有していれば、先願に対して効果が無くとも(進歩性が無くとも)特許性を認められることになります。

これは一見尤もであるように見えますが、少々矛盾を含んでいるようにも思います。実際には、選択発明という物は、本来は従来技術に含まれているという観点からは新規性は無いとも解釈でき、選択した範囲が狭く且つ顕著な効果が有る場合に限り認められるものですから、選択発明に関しては、常に新規性と進歩性を分けて考えるべきではないという考え方も成り立ちます。実際にEPOがこれまで採用していた上記の(1)~(3)からなる基準もそのような考え方に基づくものであると思います。

この問題については、EPOの拡大審判部で取り上げられる可能性が有ります。

米国においては、選択発明に関して格別審査基準は設けられておりませんが、弊所の経験から判断しますと、EPOにおいて採用されていた上記(1)~(3)からなる判断基準を満たせば特許性は認められると思います。

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2.選択発明の新規性・進歩性に関する注意事項

選択した狭い範囲に含まれる実施例が先行技術に無いこと、そして選択した狭い範囲の優位性について先行技術に教示も示唆もされていないことが重要です。

例えば、ある成分の量に関して、先行技術文献において範囲は"1~100重量%"としか記載されていなかったが、実施例において30重量%が記載されていたような場合、30~32重量%というような狭い範囲を選択しても、新規性が認められません。例え、その先行技術に効果が示唆されていなかったとしても、単なる公知物質に関する「効果の追認」であると見なされて新規性は認められません。

また、上記の例の場合(先行技術文献に"1~100重量%"と記載が有り、"30~32重量%"を選択した場合)、選択した狭い範囲"30~32重量%"と重複する狭い範囲(例えば、"25~33重量%"や"25~31重量%"など)が先行技術において好ましいと記載されていると、仮に新規性は認められても、この先行技術文献単独から自明(進歩性無し)と判断される可能性が高いです。

3.効果の証明

効果の立証においては、当然、選択した範囲において、その範囲外であった場合と比較して顕著な効果が有ることを示すことになります。

場合にもよりますが、通常は、幾つか代表的な態様を選択して実験データを提出すれば十分と考えられています。例えば、数値範囲の選択発明の場合、以下のような比較データを持って効果を証明することが考えられます。

実施例: 選択した範囲内の代表例のデータ(好ましくは選択した範囲の上限と下限付近のデータを含む)

比較例: 選択した範囲外で、上限及び下限付近のデータ及び/又は先行技術文献の実施例の中で該選択した範囲に一番近い態様のデータ

また、主張する効果が、発明の属する技術分野においてよく知られた特性に関するものであるか否かも重要になってきます。

例えば、その技術分野で公知の特性に関する効果であれば、選択した範囲において、突出した効果が要求されることが多い筈です。

逆に特定技術分野で公知でない特性に関する効果であれば、選択した範囲外の場合と比較して、それ程大きな効果の違いがなくても、進歩性が認められる場合が有ります。

4.選択発明を認めていない国

日本、米国、欧州、中国、韓国など殆どの主要な国において、以前から選択発明は認められていますが、ドイツでは原則的に選択発明が認められておりませんでした。

一方で、欧州特許庁(EPO)は、上記の通り、選択発明を認めております。従って、選択発明に関してEPOから特許査定を受けて、ドイツで登録したような場合に、ドイツでは無効訴訟を提起されて無効になってしまうことが実際に発生し、以前から問題視されていました。

これに関連して、2008年12月のオランザピン(Olanzapine)事件の最高裁判決において、ドイツ最高裁が、EPOの判例との整合性を指摘しながら、選択発明の特許性を認めたことが話題になりました。

しかし、元々ドイツには「選択発明」という概念がなく、それに関する明確な審査基準も存在しません。そして、オランザピン(Olanzapine)判決は、所謂「選択発明」全般に関して欧州の審査基準と適合させるという意図を明らかにしたものではありません。むしろ、このオランザピン判決のみからは、欧州などで言うとことの「選択発明」に相当する特定の件に関して、それと類似した状況の特定のEPOの判例と同様の判断をしたということしか言えないと思います。

特に注意すべきであるのは、オランザピン事件は、「化合物の選択発明」に関するものであるということです。

今後、ドイツが、欧州と同様の審査基準を採用する可能性は在りますが、ドイツにおける選択発明の特許性判断に関して、現時点で言えることは:
(i) 新規性: 化合物の選択発明の新規性判断は、EPOによる判断と同様になる可能性が高いが、数値範囲の選択発明の新規性については、従来通り新規性が認められないのか、こちらもEPOの判断に合わせるのかが不明、
(ii) 進歩性: 新規性が認められれば、進歩性審査の基準は欧州と実質的に同じ、
ということであると思います。

上記(i)のドイツにおける「選択発明」の新規性が認められるための要件について、代表的な判例などに参照しながら以下に検証したいと思います。

ドイツにおける「選択発明」の新規性判断と特許明細書の開示内容の解釈:

ドイツでは選択発明が認められないと一般的に考えられてきたのは、少なくとも数値範囲に関しては、原則的に明細書に上位概念が開示されていれば、下位概念も(これが明示的に記載されていなくても)開示されていると見なすという考え方が根底にあったからです。これは、先行技術の開示内容の判断のみならず、補正の要件やクレームのサポート要件にも適用されております。

ドイツにおける数値範囲の選択発明の扱い: 

例えば、ドイツでの選択発明の特許性の審査においては、もしも先行文献に「分子量500~2,000,000」の化合物が記載されている場合は、その先行文献は「分子量500~2,000,000」の範囲内の数値をすべて個別に開示していると見なされ、この炭素数の範囲をさらに限定しただけの選択発明(たとえば、「分子量15,000~290,000」)は新規性が認められませんでした。これは、「数値範囲」に関する選択発明に関する代表的な判例として知られているFederal Supreme Court, 07.12.1999, GRUR 2000, 591, 593-594 - Inkrustierungsinhibitorenにおける判示です。

そして、自らの出願を補正する際に、出願明細書やクレームに、例えば「分子量500~2,000,000」とだけ記載してある場合(つまりさらに狭い範囲が記載されていない場合)でも、「分子量500~2,000,000」の範囲内の数値をすべて個別に開示していると見なされ、この範囲内のどのような数値範囲にでもクレームを限定することが許されます。

ドイツにおける化合物の選択発明の扱い:

代表的な判例として、”Fluoran” 判決(GRUR 1988, 447)及び“Elektrische Steckverbindung”判決(GRUR 1995, 330)がありますが、いずれのケースにおいても、先行技術に開示された一般式に含まれるが明示的(explicitly)に記載されていなかった化合物に関する選択発明の新規性が否定されました。

しかし、”Fluoran” 判決(GRUR 1988, 447)においては、上記の数値範囲の選択発明の場合と異なり、先行技術に一般式が開示されていることのみをもって、その一般式に含まれる全ての化合物がこの先行技術文献に開示されているとはみなさないとされています。要するに、化合物の場合には、上位概念が開示されていれば、直ちに下位概念も開示されているとはみなさないと判示されていました。

更に、これらの判例においては、以下の場合に、化合物の選択発明の新規性が認められる可能性を示唆しております。

選択された化合物に関して:

(a) 先行技術の開示のみからでは製造が困難: 先行技術文献に開示された情報に基づいて、選択発明に関する出願当時に、選択された化合物を当業者が困難無く製造できない場合[”Fluoran” 判決(GRUR 1988, 447)]、

(b) 先行技術に潜在的な(implicit)開示もない: 当業者が、先行技術文献の開示内容から、選択された化合物を読み取ることが出来ない場合[“Elektrische Steckverbindung”判決(GRUR 1995, 330)]。

しかし、2008年12月のオランザピン判決においては、上記(a)「先行技術の開示のみからでは製造が困難」を新規性判断の基準とすることを否定しました。これにより、化合物の選択発明の新規性の判断基準は、EPOの判断基準と実質的に同様になったと考えられます。

要するに、少なくとも化合物の選択発明の新規性判断に関しては、 - オランザピン最高裁判決以前からドイツとEPOは基本的に同じ方向を向いていたが、ドイツの基準の方が相当に厳しかったところ、オランザピン最高裁判決において、これを緩和し、EPOの基準に合わせた - と解釈できると思います。

一方、上記の通り、数値範囲の選択発明に関しては、ドイツとEPOの考え方は全く逆です。ドイツにおいて「上位概念が開示されていれば、下位概念も(これが明示的に記載されていなくても)開示されていると見なす」とう考え方を破棄してEPOに合わせるのか、現在のところ定かではありません。

上記オランザピン事件においては、(b)「先行技術に潜在的な(implicit)開示もない」であれば新規性が認められるということになったわけですが、一般式で表される化合物の場合、そこに含まれる化合物であっても、置換基が異なれば、合成方法や特性等の点で全く別の物質になると考える(従って、一般式の記載のみから、そこに含まれる特定の化合物までも潜在的に開示されているとは考えない)ことが合理的であるケースは多いと思います。

一方で、先行技術が開示する連続的な数値範囲から、特定の狭い範囲が潜在的にも開示されていないと言えるのかということになると話は別であるように思われます。

例えば、ある混合物の組成に関して、先行技術にある成分の量が1~95wt%とのみ記載されていて、この範囲から45~50wt%を選択したような場合、EPOの審査基準では、とりあえず範囲が十分に狭ければ新規性は認めるという立場であります。一方、ドイツにはこのような基準は無く、オランザピン判決に従うと、潜在的にも開示されていなければ新規性を認めるということになると思いますが、上記のような1~95wt%という連続した数値範囲から45~50wt%という狭い範囲を選択した場合に、潜在的にも開示されていなかったとみなされるのかという疑問があります。

「上位概念が開示されていれば、下位概念も(これが明示的に記載されていなくても)開示されていると見なす」という考え自体が完全にキャンセルされるのおあれば、補正に関するプラクティスも大きく変わるはずです。

いずれにしても、この問題に関するドイツ連邦特許裁判所や連邦最高裁判所の更なる判断を待つしかないようです。


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